2006年10月 2日 (月)

角館

Img054_1  みちのくの小京都、角館町。内陸線の駅舎は、JRとは分離しておかれている。窓口には駅スタンプがあり。

 すぐ隣がJRの角館駅。レールは、少し併走した後、わかれていく。

 内陸線といったら、全国初の女性運転士がいることで知られる。今日はその姿を目にすることはなかった。1両編成の列車がとまってあるだけ。

 角館町は春、桧木内川の堤の桜が見事で、大勢の観光客が訪れる。秋田を代表する観光地のひとつ。多くの文化人を輩出した。樺細工で有名。

 内陸線の前身、旧・角館線は、松葉駅どまり。阿仁、さらに鷹巣まで全線開通となった今、この駅の比重は高まった。

 さらに、97年の秋田新幹線開業により、新幹線から県北地域へのアクセスとして、ぐんぐんその地位はあがっている。

 (99年)

 

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羽後太田

Img053_1  内陸線に沿う形で、国道105号線を北上。国道46号線からわかれ、橋を渡り、脇道、右折した先にあった。

 この駅は、私が自身の運転で訪問した、記念すべき第一号の駅となった。民家の中を進んだ、その先である。

 角館の町に近いが、所属は田沢湖町にある。

 むこうに見える山々は、奥羽山脈。まだ雪は残っている。仙北平野に春が訪れるのは、もう少し先になるのだろう。

 私の運転は軽やか。我が心に雪はない。

 (99年)

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2006年9月29日 (金)

西明寺

Img052_1  西木村、西明寺(さいみょうじ)。

 村役場もあり、メインなのだから、駅が大きくて、駅員がいてもおかしくはないのだが、、。内陸線の実情がうかがえる。

 西木村といえば、直木賞作家、西木正明氏の出身地。村にあやかって、ペンネームを「西木」としたのだろう。代表作「凍れる瞳」は雪国出身の彼ならではの描写だ。

 しかし、村には図書館がない。そこで全国から本を募集。来るわ、来るわで、これも何か大きな吸引力があったためか。でも、集まったはいいが、置く場所がないとか。

 (99年)

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八津

Img051_1  桧木内川にかかる小橋を渡って、八津(やつ)駅。このあたり、雪がつもり、自然あふれる。渓流釣りができそうなところ。

 ホームが上下、ふたつあり、行きちがいができるようになっている。

 西木村は栗の産地であり、道路標識にも、栗のイラストが描かれてある。この駅付近にも赤倉クリ園、さらに潟野クリ園、と、栗づくしだ。

 湯沢時代、栗拾いをしたことがあるが、うまいものにはトゲがある、ということを認識させられた。

 (99年)

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2006年9月21日 (木)

羽後長戸呂

Img048_1  国道は山越え、鉄道は川沿い。それぞれわかれてしまうため、羽後長戸呂(うごながとろ)駅に行くには、脇道にそれ、少し戻った。

 駅前、クルマをバックさせる際、後部を雪にぶつけてしまった。うず高く積もっている。春先とはいえ、まだまだ深い雪。

 田沢湖の西側にあたり、辰子像へはここからの方がよっぽど近い。山ひとつ越せば、すぐ湖がひろがっている。日本一深い湖で、今も辰子伝説と共にある。

 スキー帰りのクルマをよく目にする。田沢湖高原へのアクセスとなっているのだろう。

 銀色の山並みがきれいだ。

 (99年)

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松葉

Img047_1  国鉄・角館線当時の終着駅。終着駅といっても、片面ホームの無人駅であることには、変わりがない。変わったことといえば、レールが先にのびたこと。

 線路の果ての無人駅から、沿線の無人駅へ。おそらく、このホームに立ち、人々は心の中で幻のレールを思い描いたことだろう。その思いが現実となった。もう夢ではない。

 秋田内陸線全線開通は、正に地元住民の悲願でもあった。

 村がとりよせた本は、駅待合室にあった。次は本から夢をはせるのかもしれない。

 神秘の湖、田沢湖の北辺への下車駅。湖の北岸には、鳥居が見られる。

 (99年)

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2006年9月20日 (水)

羽後中里

Img049_1   内陸線開通と同時に新設された。国道105号線沿い。

 1両編成の列車が走るローカル線。駅というよりは、バス停に近い。

 めっきり交通量の減った国道を、北上している。サイドに積まれた雪にぶつかるのでは、と、はらはらだった。所所、スノーシェルターをくぐる。

 このあたりまで来ると、本当にさびしくなってくる。沢づたいに、脇道に入れば、小波内渓谷があるようだ。秋の紅葉の名所。

 雪には動物の足跡。鹿か、熊か、わからない。

 (99年)

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2006年9月19日 (火)

左通

Img050_1  まだ雪のつもる山里。左通(さどおり)駅。

 駅名の由来はなんだろう。日本ではクルマは左通行。ドライバーの常識。列車、ことに内陸線は単線だから、関係のないこととは思うが、、。

 しかし、「左」折すると、確かに、ある。道路、つまり「通」(みち)が。その名も、田沢スーパー林道。なんとここ西木村と、河辺町とを一本で結ぶ、秘密の抜け道。こんな道路があったのだ。

 でも、とてもではないが、足を踏み入れたくはない。迷いの森への入り口、かも。道路状態も想像がつかない。

 (99年)

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2006年9月16日 (土)

上桧木内

Img046_1  桧木内川上流、上桧木内(かみひのきない)。

 ずいぶんと山の中だ。西木村には、実に8つの駅があるが、はたして利用客はどれくらいなのだろう。この駅は、上、下すれ違いができるようになっている。

 駅待合室をのぞく。床には氷が張ってある。棚の本も寒そうだ。

 この駅に立って、記念撮影。「ローカル線の無人駅に立つ私」。題はこうなろうか。

 寒々とした桧木内川。下流は春、桜満開の角館、西野川原。ずっと奥のこの地から、春の便りを届けたいものだ。

 (99年)

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2006年9月15日 (金)

戸沢

Img045_1  西木村最奥、戸沢駅。阿仁マタギ駅との間には、長大な十二段トンネルが横たわっている。

 国道105号線は鉄道とわかれ、迂回路となって、阿仁へと進む。この山脈がネックとなっているようだ。

 戦国大名、戸沢氏が角館に移る前までは、ここが本拠地だった。今でも戸沢氏をたたえる祭りがとり行われると聞く。

 しかし、そんな面影はどこにもない。本当にここは古の城下町だったのだろうか。大名の名前だけが残った感だ。

 ひっそりとした山里の風景。冷凍トラックの品々を買い求める、おばあさんたちの姿が印象的だった。

 (99年)

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2006年9月14日 (木)

阿仁マタギ

Img044_1  打当温泉、マタギ資料館、そしてマタギの里・熊牧場への最寄り駅。

 無人駅だが、4月から11月まで急行列車が停まる。マタギの里へようこそ。ここも高い位置にある駅だ。

 熊牧場へ行ってみた。いる、いる。ヒグマからツキノワグマまで。皆、総立ちでご歓迎。手をたたいて待っている。(ただエサを欲しがっているだけなのかも。)ここには映画「イタズ」に出演したゴン太もいるとか。あの名俳優に出会えるなんて、感激。

 子グマが放し飼い。子どもたちに代わる代わる抱きかかえられている。かわいい。連れて帰りたくなった。でも、家には猫がいるし。今頃、どうしているんだろう。帰路に着く。

 この先、鉄道は長大な十二段トンネルに入る。沿線中、最長のトンネル。ぬければ県北エリアは抜け、県南、仙北地方に入っていく。

 (99年)

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奥阿仁

Img043_1  野生のクマゲラ、そして冬スキーの森吉山の南側。

 比立内から国道をそれ、沢づたいに脇道を進む。その途中に奥阿仁駅。文字どおりの阿仁の奥地だ。

 内陸線全線開通と同時に新設された駅。線路が一段高いところを走っているため、ホームも高い。駅待合室まで階段を上らないとならない。

 耳をすませば、沢のせせらぎ。打当川が流れている。今行けば、クマが魚をとっているところだろうか。

 (99年)

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2006年9月 9日 (土)

比立内

Img040_1  阿仁合線当時の終着駅、比立内(ひたちない)。

 行き違い設備ありの業務委託駅だが、切符売り場には人の姿がない。あるのはギターをかかえた若者二人だけ。

 JAの営業所も併設されている。駅舎があって、駅前駐車場も広いし、町の玄関駅に思えてくる。内陸線が全通するまでは、ここが打当温泉、マタギの里クマ牧場への最寄り駅だった。今は阿仁マタギ駅にとってかわられたが、まだまだ存在感はこちらが上だろう。

 ここから松葉駅までの実に30キロ。盲腸線がくっついた。悲願の全線開通。何年かかったことか。地元住民の歓喜の声にこたえながら、今日も列車は走る。

 国道105号線は、大きく外れ、山地を迂回するように、西木村へと入っていく。鉄道は2駅先から、長大なトンネルに入る。鉄道と国道がまた出会うのは、戸沢駅周辺から。

 河辺町の岩見にぬける、河北林道の入口。地図上での話。本当にぬけられるのか、こわいくらい、疑問だ、、。

 辺りはすっかりマタギの里。せせらぎ温泉につかってみたい。湯煙のむこうにクマがいたりして。

 (99年)

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2006年9月 8日 (金)

岩野目

Img039_1  岩野目。「イワナの目」に聞こえる。

 比立内川が流れている。自然豊かな阿仁地方。川に入って、手づかみで魚をとりたい気分。

 1回何百円とかで、釣りぼりコーナーがあった。同乗の父の興味をそそっている。魚が待っている、と。

 岩野目駅ホームには、魚ではなく、列車がきた。一人、二人、降りてくる。

 ハチがさっきからとびまわっていて、早く次に行きたかった。駅前はせまく、クルマを転回させるのに、一苦労だった。

 (99年)

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笑内

Img038_1  沿線一ユニークな駅名、笑内(おかしない)。

 たぶん、マタギ用語だろう。パンフレットには、「おかしい駅」と、「おかしくない」だじゃれで載せてあった。

 山深い阿仁の里。本当にクマが出てきそう。マタギの数は減り、今や伝説となりつつある。昔は国道沿いでクマ肉が食べられたというが、今はどうなのだろうか。

 でも、クマにとってはその方がよかったのかも。最後に笑うのは山のクマさん、か。

 山笑う、のは、春。今は夏。山は笑っていないのかもしれない。

 (99年)

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2006年9月 5日 (火)

萱草

Img037_1  国道105号、連続するトンネルをぬけた先に、萱草駅。

 萱草(かやくさ)。イネ科の植物、チガヤ・ススキなどの総称。屋根をふくのに使う。ここいらに茂っているのだろうか。

 東に七面山。神がかり的な山で、ここにこもって願をかける人が少なくないとか。山々に囲まれていると、どうも霊気を感じてしまう。森羅万象とはよくいったもの。

 やはり山には神が宿るのだろうか。マタギは、「クマは山神様の賜りもの」と言う。阿仁川渓流のイワナ、ヤマメなども然り、だろう。

 ちょうど列車がきた。乗り降りする人も少ない。萱草鉱山がある。

 (99年)

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荒瀬

Img036_1  国道105号線を南下。道沿いに駅。荒瀬(あらせ)駅。

 近くに花ショウブ園。徒歩15分の距離。300万もの花がいっせいにお出迎え。阿仁鉱山もある。駅のむこうには阿仁川の流れ。

 阿仁川から露熊川がわかれる。「露熊」。水浴びしたクマが、全身を身ぶるいして、露をはらう姿をマタギが目撃したことから、こう名づけられたという。いかにもマタギの里、と思わせる話ではないか。

 国道の沿道には、野菜の置き売りが目立つ。さっそく購入。お代は箱まで。

 冬のメッカ、阿仁スキー場の入り口でもある。冬場は混みそうだ。

 (99年)

 

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2006年9月 1日 (金)

阿仁合

Img035_1  北緯40度、阿仁町、阿仁合(あにあい)。

 マタギの里である。マタギとは、熊撃ちの狩人のこと。しかし、ただのハンターなどではない。厳しい掟と戒律。それに山の神を敬う精神を持たなくてはならない。「マタギ」「イタズ」、その他多くの映画や小説の題材となり、全国的にその名を知られるようになった。この地方独特の「文化」、といえる。

 阿仁は古くから、鉱山の町でもあった。阿仁銀山(または阿仁銅山)。廃坑になったが、藩政時代は、重要な資金源でもあった。かの科学者、平賀源内(1729~1779)が訪れたこともある、と聞く。今でも鉱石を見つけることができる。昔、友人と来たとき、ざくざくと探しあてた。とても面白い体験だった。大きな石にたくさん付いていた。

 明治維新後、ドイツ人技師を雇って、開発させた。駅すぐ近くに異人館がたつが、その時のドイツ人の宿舎を復元したものだという。伝承館では、鉱山の歴史を振り返ることができる。官営から、民間へ、そして廃坑。

 国鉄・阿仁合線は、この阿仁鉱山のために作られた。でも、鉱山はなくなり、阿仁合線は第三セクターの内陸線に変わった。時の移り変わりは寂しいものだ。そういえば昔買った、阿仁焼の湯呑み茶碗も、今はもうない。また求めたいくらいの、いい出来栄えの茶碗だった。

 (99年)

 

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2006年8月29日 (火)

小渕

Img034_1  「小淵」?「小渕」?(こぶち、と読む)地名は「小淵」となっている。でも、駅表示は「小渕」。現職の総理大臣にあやかって、改名したのだろうか。

 ちなみに近くに「吉田」という集落あり。

 阿仁川の渓流も美しいが、この駅の花壇も立派だ。誰が世話をしているのだろう?マリーゴールド、見ごろを迎えている。池まであって、庭のようだ。

 とにかく無人駅だが、にぎやかさを感じる。こんな駅に降り立ち、花々の出迎えを受けたい。それこそ心はうきうき、首相気分になれる。

 今日のこの、天気の良さも、手伝っているのかもしれない。

 (99年)

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前田南

Img033_1  阿仁前田、前田南間には、橋がかかっている。下を流れる川は、小又川。

 太平湖に源を発する川だ。ここで阿仁川と合流する。どんな出会いなのだろう。

 前田南駅は、農村の中の無人駅。通じる道は、阿仁川沿い。所々、川面におちこむ、絶壁となっており、ひやひやした。

 クルマを転回させるスペースもせまく、難しい場面だった。なんとか主要幹線、国道105号線に合流した。阿仁川に沿って、南へとむかう。

 鉱山の町、阿仁まで、もう少し。

 (99年)

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2006年8月25日 (金)

阿仁前田

Img032_1  森吉観光の拠点、阿仁前田駅。驚いた。巨大な駅舎になっている。

 「クウィンス森吉」。なんと温泉と駅舎とをいっしょにしたとか。本当だ。中に温泉のフロントがある。北上線のほっと湯田駅をまねた、県内初の試みだ。列車待ちの一時、どっぷりと汗を流してみたくなる。

 ここから小又川に沿い、奥地に入れば、森吉山。登山で家族と行ったことがある。途中、ばてた思い出。登山道には森吉スキー場がある。

 そして泊まったのは、森吉山荘。兄とカブト虫をとった記憶。今は、ログハウス風のつくりにかわったとか、聞く。

 その先に大きな太平湖がひろがっている。遊覧船に揺られて、秘境を探索した。小又峡のすばらしさは言うまでもない。紅葉の秋なれば、格別だ。私は幼き日の冒険者だった。

 あれから何年も時が経った。今度は私自身の運転でこの辺りまで来た。今回の同乗者であり、往時のドライバーの後ろ姿はなんとなく、小さい。時のたつのは、残酷だ。

 (99年)

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桂瀬

Img031_1  阿仁川がきれいだ。釣り人の姿が見うけられる。同乗者の父の興味をそそっている。

 国道から離れ、川を渡った集落の中に、駅。かつらせ。

 横向きの風情のある駅舎、桂瀬駅。昔は石炭積み出しの駅として、賑わっていたというが、今はただの無人駅。

 来る途中、立派な神社の社を見た。トトロの世界を思わせる。近くにはどでかい千年ケヤキの巨木があるとか。また、浦田焼窯場跡への最寄り駅でもある。

 川のせせらぎと、森の妖精たち。駅のちっちゃな、あのポストに手紙を入れたい。森の主様へー。

 (99年)

 

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2006年8月24日 (木)

米内沢

Img030_1  森吉町は広い。山あり、谷あり、川流れ、湖ができ、田園がひろがる。自然が豊かだ。

 その町の中心地がここ、米内沢。駅には、急行「もりよし」が停まる。沿線の一大中継地である。

 米内沢で忘れてはならないのは、作曲家・成田為三(1893~1945)だろう。「浜辺の歌」、「牧場の朝」、「カナリヤ」など数々の名曲を残した。特に「浜辺の歌」は名高い。(♪ゆうべ 浜辺をさまよえば 昔の人ぞ しのばるる~)

 彼は同地に生まれ、上京して東京音楽学校を卒業。山田耕作に師事。日本音楽史上、指折りの人物だ。

 しかし、一体、どこの浜辺で昔を偲んだのだろう。内陸の、ここではないことは確か。

 氏の業績を記念して、浜辺の歌音楽館が建っている。駅ホームにもメロディーが流れるとか。

 阿仁川の流れる、森吉町。鷹巣へぬける、国道105号線沿いには、見事な桜並木が、旅人を包んでくれる。

 (99年)

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上杉

Img029_1  「かみすぎ」と読む。下杉、上杉、ときて、多分このあたりに駅があるのだろう、と脇道に入って、失敗。せまい道が入り組んでいて、わかりづらい。右往左往。県道伝いの道。

 ようやく発見。道をひとつ間違えていた。駅案内標識も出ていないし、ここまでくると、勘頼み。

 文献には、「上杉宮村」とあるから、神社宗教に関係のある地名なのかも。「杉」なんていかにも意味ありげだ。もちろん秋田杉の美林地帯ではある。

 木立を見据えて、片面ホームがぽつり。

 (99年)

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2006年8月11日 (金)

合川

Img028_1  合川町は、鷹巣町とならぶ、林業のさかんな町だ。

 鷹巣へとぬける県道は、美林につつまれ、涼しさを演出してくれる。そして木漏れ日をあびるレール。

 阿仁川と小阿仁川が合するところから、「合川」といわれるらしい。暑いさかりの日中に行ったせいか、町は静か。しかし、駅長さんは親切で、声をかけると、内陸線のパンフレットをくれた。

 ジュースを飲んで、のどをうるおす。うまい。こんな日は、欠かせない。

 木彫りの坐像仏としては、全国でも5指に入る大きさ、丈六延命地蔵尊は、町の南の鎌沢正法院にある。しかし、そうした神がかり的なにおいは感じられない。のどかな田園のひろがる町だ。

 昼下がり。ほんとうに暑い。南をめざして、クルマのハンドルをにぎる。

 (99年)

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大野台

Img027_1  森にとけこむように、大野台駅。

 このあたり、昔は開拓地。牧場を見た。駅周辺には人家がない。なぜここに駅が、との疑問。

 その昔、小学生が列車にむかって、石を投げつけたところから、新駅設立になったといわれる。通学路を邪魔された腹いせだったとか。ふつうなら、大目玉をくらってしまうところを、この小学生は思わぬ一石を投じたわけだ。

 福祉に力をいれてきた、大野台地区の人々の寛大さか。大野台ハイランドで、また心を大きくしよう。

 (99年)

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小ヶ田

Img026_1  西鷹巣ー小ヶ田間には、米代川、小猿部川が横たわり、列車は長い鉄橋を渡る。

 そして秋田杉の美林がつづく。沿線の豊かな自然を満喫できるのだ。

 ここは大館能代空港に近い。県道は滑走路の真下をくぐりぬけている。飛び立つ飛行機を見た。秋田県北の空の玄関である。

 伊勢堂岱遺跡は空港建設の途中、たまたま見つけたものだという。縄文人の足跡と現代人の足音(飛行機)。偶然というには、何かしら、ひっかかる、運命のめぐりあわせを感じる。

 (99年)

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2006年8月 7日 (月)

西鷹巣

Img025_1 地図にない駅を求めてー。内陸線前線開通となってから、鷹巣町の西はずれに駅ができた。

 手元の地図は古く、書かれていなかった。

 わりあい近くにありそうだったので、歩いてみた。鷹巣駅より。もちろん、カンを頼りに。

 鷹巣は林業の町であるためか、それ関連の施設が多いように感じられた。駅前商店街にシャッターがおりているのは、気にかかる。どこも経済は苦しいようだ。

 片面ホームの西鷹巣駅は、ひじょうにわかりにくい場所にあった。表示板がなければ、見落とすところだったろう。営林所近くの民家。一本道が入っていて、その先だ。

 ホームの上からは、一面の田園地帯が見える。ここに立てば、空気がうまい。

 (97年)

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鷹巣

Img024_1  人口2万人をこえる鷹巣町。大館能代空港開港にあわせて、町は勢いをみせはじめている。

 秋田内陸線、北の玄関口は、ここ鷹巣駅。

 林業の町だからか、秋田杉を利用した、ログハウス風の駅舎になっている。奥羽線の駅舎はすぐ隣だが、そちらは「鷹ノ巣」と「ノ」の字が入り、二つを区別している。

 この町自慢の綴子神社の大太鼓はぜひ見てみたい。日本一の大きさを誇るという。今回は見られず、残念。迫力のある音なのだろう。

 町の南には、北欧を真似た、公園があるようだが、これから行くと、時間的に余裕がない。パスすることにした。駅の中で、冷やそばを食べる。

 列車が着いたらしく、大勢の人が出てきた。

 (97年)

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