2006年11月23日 (木)

東大更

Img086_1  東北線・好摩からわかれた花輪線は、大きく西へ急カーブ。左手に岩手山をとらえながら、ひた走る。

 あたりはのどかな田園地帯。砂ぼこりあげて、クルマ一台、岩手の旅。

 道なりに線路がはしっている。と、そこに駅あらわれる。西根町大更の東、東大更駅。砂利と水溜りの駅前広場があるものの、まったくの無人駅。ちっちゃな切符箱の中には、どれくらいたまっているのだろうか。

 しかし、岩手山の眺めは、いい。このホームに立って、おいしい空気を吸い、山に向かって、何か語りかけたい。岩手山は、今日はご機嫌だろうか。

 本日、快晴である。

 (00年)

 

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大更

Img085_1  岩手県西根町、大更(おおぶけ)。商店街をつっきると、駅があった。

 岩手山のおひざもとの町である。特別天然記念物の焼走り溶岩流へはバスで20分。岩手山噴火の際、流れ出た溶岩がそのまま固まってできたもの。

 見たことはないが、おそらくはごつごつとした黒い岩石群ではないか。赤い溶岩のなりの果て。地獄の淵への触手のようで、こわい。

 今日の岩手山は、あんなにきれいなお顔だちなのに、、。本当に、山は身勝手だ。

 西へ進めば、東八幡平温泉郷に出る。勿論、八幡平も目と鼻の先。高原の涼しい一時を満喫してみるのも、一興かもしれない。スキーに温泉に、レジャーには事欠かない。

 鉄道も、国道も、高速道路も、花輪方面へ、北へと向かっている。本日、快晴。クルマのエンジンをふかす。

 (00年)

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2006年11月19日 (日)

平館

Img084_1  平館(たいらだて)は歌人、石川啄木(1886~1912)の父親の出身地。駅前に歌碑がたっている。

 「たはむれに 母を背負ひて そのあまり かろきに泣きて 三歩あゆまず」(戯れで母をおぶったが、あまりに軽いのに驚き、悲しくなり、三歩も進めなかったよ)

 年老い、小さくなっていく母と、ふがいない自分の境遇を重ね合わせ、涙がつたったことだろう。なんだかわかるような気がする。

 でも、ちょっと待て。ここは父の出身地ではないか?父はどこに登場するんだろう。母にくらべて、影がうすいような、、。

 多分、父はここを離れて渋民の住職として腰をすえ、そこで結婚、啄木が生まれたのだろう。実際には病気の啄木を、東京より故郷に連れ戻すなど、父親の存在感を充分、発揮しているのだが、、、。

 それがまた、複雑な影をおとしているのかもしれない。

 (00年)

 

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北森

Img083_1  国道282号線沿いの自動車修理工場。

 その脇のせまい砂利道が北森駅への入り口。しかし、もうクルマは通られない。歩いて線路をまたぎ、ホームへ。

 向こう側に駅舎らしき建物があり、広場もあったが、あいにく工事中により、撮影せず。

 松尾村役場に近いが、ここはどう見ても、代表駅ではないだろう。でも、正面に残雪の岩手山。風景の観点からすれば、いちおしの駅ではないか。

 八幡平の森も近い。鳥の鳴き声に誘われながら、分け入って行きたい心境だ。

 (00年)

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2006年11月10日 (金)

松尾八幡平

Img082_1  八幡平、岩手山をかかえる、岩手県松尾村。

 元は「岩手松尾」駅だったが、やはりなんといっても八幡平であろうと、駅名も高速道路のI.C.も「松尾八幡平」に。

 エゾツツジ、ミズバショウ、高原の八幡平は、温泉にスキーに登山にと、楽しめる。ロッジやペンションも立ち並び、シーズンごとに県内外からの観光客をひきつける。ロープウェイを上った先の山頂からの眺めは格別だろう。ぜひ足をのばしてみたい所だ。

 岩手山のてっぺん、屏風尾根の絶壁も松尾村の範囲。高山植物が見られ、噴火でできた湖もある。鬼ヶ城という山は、平安時代、鬼が住んでいて、退治されたといわれるが、噴火を鬼の仕業と見たてたのではないか。

 おかげで温泉がこんなにいっぱい。東八幡平温泉郷に、地熱発電のある、松川温泉、山向こうの雫石には、網張温泉も。鬼万歳!といいたいところ。

 (00年)

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安比高原

Img081_1  雪のまだ残る、安比高原。ここはいわずと知れた一大リゾート地。

 駅前はすぐ龍ヶ森スキー場。リゾートホテルやペンションがあり、四季を通して楽しめる。

 安比高原は夏に避暑地、冬はスキー。山に戯れ、時を過ごし、街のわずらわしさから逃れたい人にはうってつけ。駅はシーズン外はぽつねんとした無人駅だが、よくご覧、スキー帰りの客があんなに大勢。リュックサックにスキー板のタフな山男がお帰りだ。

 名残惜しく、雪はまだ残っている。来年また降らせますよ、という山神からのメッセージ。龍ヶ森の木々の奥からのほんのりと心地よい一陣の風。

 またの再会を期して、ホームに消えていく人々。

 (00年)

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2006年11月 7日 (火)

赤坂田

Img080_1  一段高いところを東北自動車道が走っている。

 その足元をのんびりと、国道282号線と花輪線。高速道路と立体交差するあたりで、赤坂田駅。小さな駅。

 高速道路からは勿論、見えないだろう。上から見れば、山の中をただ走っているようだが、視点を下にすると、ささやかな集落があり、このようなかわいらしい駅とも出会える。

 急げ急げの高速道路よりも、ゆったりとした間隔の一般道の方が味わい深いのかもしれない。

 誤解のないように。お急ぎの方は、迷わず「視点は上の道路」です。

 (00年)

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小屋の畑

Img079_1  駅が本当にあるのか、疑問をもった。案内標識もなければ、それらしい雰囲気もない。地図には確かにここに、と、、。

 おっと、あった。民家の裏手に片面ホーム。小屋の畑(こやのはた)駅発見。

 これはわかりにくい。入り口なんて民家の軒下をくぐる。この付近の住民しかわからない駅ではないか。

 高速道路にはしっかり「畑」というパーキングエリアがある。「畑」の「小屋」がこんな人目のつかない所では、農作業もはかどらないのではないだろうか。

 でも、私はこういう駅が好きだ。「小屋」のような待合室で時をつぶしたいから。

 (00年)

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2006年11月 4日 (土)

荒屋新町

Img078_1  東北自動車道と八戸自動車道が分岐する、安代ジャンクション。

 少しそれるが、安代I.C.もある。高速道路は充実している。

 集落は立て込んで、役場もあり、このあたりが安代町の中心部。そこに荒屋新町駅。快速列車が停まり、同町の顔であるが、あいにくスタンプは置かれていなかった。

 「りんどうの里安代」とあるが、りんどうが群生しているのだろうか。四方を山に囲まれ、分け入れば、沢や滝があり、いいムードを醸しだしてくれる。自然いっぱいだ。

 北東へ徒歩15分に昭和62年誕生の、新安比温泉があるという。最近できた新しい温泉。駅名も「新町」というからには、住民は新しもの好きなのかもしれない。

 駅から「欠の山」(標高600メートル強)が見える。鉄道、国道、高速道、と3拍子そろっていて、欠けるもの何もなし、と思うが。

 (00年)

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2006年11月 3日 (金)

横間

Img077_1  花輪線の駅の中で、一番利用客の少ない駅。

 一日の乗降客数、実に8人。それもそのはず、駅は高い丘の上にあるし、集落から離れている。

 こんな不便なところに、なぜ駅を作ったのだろう。わからない。

 野ウサギやキツネが顔を出しそうな山里。昔、童話で読んだ、動物が切符を売る駅のことを思い出した。あれもこんな山中の無人駅。

 ちょっと目を細めれば、タヌキかキツネの駅員がそこに、、、見えるかも。雪の上に転々と小動物の足跡あり。

 誰も立たないホームに、列車は律儀に停まる。

 (00年)

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2006年11月 2日 (木)

田山

Img076_2  国道沿いに家々がひしめいている。山里だが、なにかありそうな気配。

 ここは元関所。田山番所。簡単には通過させてもらえなかったようだ。

 しかし、今でこそ県境だが、当時は鹿角も南部藩領だった。関所の必要性は何だったのだろう?

 田山スキー場がある。なんと1927年(昭和2年)開設という歴史をもつ。レジャーの発達していなかった当時、どんな人が滑っていたのだろうか。冬場は県内外からたくさんのスキーヤーが訪れるのだろう。

 今は閑散としているが、一冬のにぎやかさ。去った後の静けさ。思い出も次から次へとすべり落ちていくのだろう。

 (99年)

 

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兄畑

Img075_1  山あいの谷間。米代川はもう沢になっている。さらさらと心地よい音。

 鉄道、国道、高速道の併走。せまい県境はごたごたとしている。

 兄畑駅は五角形のかわいらしい駅舎。リニューアルだろうか、ちょうどペンキ塗りの最中だった。二人のおじさんが、せっせと作業をしている。なんだか白雪姫の家を作る、森の妖精たちみたいにうつる。

 後ろの山々もペンキで塗ったものだろうか。いやいやそうではない。見事な自然の絵師たち。森の妖精は、やはりどこかにいる。

 県境の兄畑駅の一こまだった。

 (99年) 

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2006年7月11日 (火)

湯瀬温泉

Img012_2  なつかしい湯瀬温泉。川とその谷間の渓谷にある。

 小学3年生の夏、家族そろって、ここへ来た。山の中の旅館ビル街。そのアンバランスは変わっていない。川のせせらぎが過去を思い出させる。ウグイスが歓迎のあいさつ。

 親切な駅長さんが、湯につかってきたらどうか、と勧めてくれた。でも、今回の目的はそれではない。「湯」なら、12年前に確かに、つかった。今、つかっているのは、「思い出」だ。

 思い出は、金にかえることも、人に売ることもできない。あの時の思い出は、まだ、ここに、あった。駅名が「湯瀬」から「湯瀬温泉」に変わったといえども。鉄道、国道、高速道、の3線がせまい渓谷にひしめいていることも、当時のまま。

 列車が来た。乗る。家族みんなが楽しんだ一時が、過ぎ去っていく。、、、。温泉につかればよかったかもしれない。

 (99年)

 

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八幡平

Img011_2  後生掛温泉、蒸ノ湯温泉、藤七温泉、大沼、八幡沼、ミズバショウ、リュウキンカ、エゾツツジ、モウセンゴケ、焼山、安比岳、スキー場、、。

 自然豊富、八幡平ワールド。国立公園、八幡平への入り口。駅前にはバスがとまる。八幡の森へと誘われそう。

 しかし、駅はずっとふもと。八幡平高原へはそのバスでどうぞ。秋なれば大勢の観光客でにぎわう。

 それよりここは大日霊貴(おおひるめむち)神社への最寄り駅。なんと1500年も前の建立というから、驚く。大日堂舞楽、「だんぶり長者」伝説、イチョウの大木、、。神域。おそれおおい。

 記念すべき秋田県内全駅訪問の最後の駅が、この駅というのも、偶然とはいえないかも。そんな雰囲気がそこかしこに、ある。

 風車がまわっている。くるくると、、。

 (99年)

 

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陸中大里

Img010_2  東北自動車道、鹿角八幡平Ⅰ.Cに近い。

 「陸中花輪」が「鹿角花輪」になっても改名はしない。”「陸中」大里”のまま。秋田県内で「陸中」を名乗る駅はここだけ。

 この地域が陸中国、つまりは南部藩領だったことを如実に表している。

 国道沿いの無人駅だが、国道がバイパスになり、旧国道と立体交差をするなどして、駅にはかなり行きづらい。右折して、せまい旧国道に入った、すぐそこに駅入り口がある。後続車がいなくて助かった。

 ホームの駅表示板。なぜか「りくちゅう」の文字が小さい。「かづの」に遠慮があるのかもしれない。

 (99年)

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2006年7月 8日 (土)

鹿角花輪

Img009_2  秋田県鹿角市は、人口4万強。南北に長い。

 ここ花輪は、その中心部で、市街地を形成している。秋田県にありながら、県都・秋田市から最も遠い市だ。

 元々この地は、秋田(羽後)ではなく、岩手(陸中)に属していた。江戸期は南部藩領である。駅名も以前は「陸中花輪」だったくらいだ。

 秋田県にありながら、岩手県的な要素を持った町。それが鹿角の魅力でもある。

 市の西、尾去沢鉱山は、古くからの炭坑。閉山になってからは、「マインランド尾去沢」として、観光地に生まれ変わった。小学3年生の夏、家族と訪れた。真夏なのに、ひんやりとした坑内。一心にハンマーをふるう作業員の姿が復元されていた。当時は「不気味」としか感じなかったが、今は「悲哀」を感じることができる。

 夏の名物、花輪ばやし。見事な祭り屋台と華やかなリズム。無形民俗文化財に指定されている。秋は鹿角りんごの収穫に、冬はスキー。まじりあう。

 秋田と岩手の融合体。両者のかけ橋となってほしい。

 (99年)

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柴平

Img008_3  十和田湖へむかうと見せかけていた米代川は、十和田南駅近辺で急に向きを変え、鹿角市街地へと進んでいく。線路もまったくいっしょ。

 市役所へは当駅が近いのではないか。ラーメン店で遅めの昼食をとる。もう来ることもないだろうに、割引券を渡された。なんとなく悲しい。

 鹿角、といえば、力士・巴富士。もう引退してしまったが、最近の秋田県勢で唯一の幕内力士だった。惜しいかな、けがに泣いた。

 一期一会のラーメン店を去る。東北自動車道が近くをかすめている。

 (99年)

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2006年7月 6日 (木)

十和田南

Img007_2  鹿角市、十和田南駅。元、毛馬内(けまない)と名乗ったが、十和田観光の拠点なので、改名した。惜しい。前の方がよかったような気がする。鉄道作家、宮脇俊三氏も著書の中で、そう語ってもいた。

 ここはスイッチバック駅。列車の進行方向が逆になる。多分、この先、北にむかって、小坂鉱山まで鉄道をのばそうと思ったのだろう。接続駅にはならず、妙な形で駅がある。

 毛馬内は、県内三大盆踊りに数えられる、「毛馬内盆踊り」で有名な土地。

 さて、駅前のバスもタクシーも、目は十和田湖をむいている。和井内貞行(1858~1922)の胸像がある。十和田湖のヒメマス養殖に成功した偉人。湖の魚は彼の子孫だったのか、と感銘を受ける。

 その十和田湖。面積60キロ平方メートル、最大深度327メートル。秋田では田沢湖と並ぶ、神秘の湖。周辺は美林におおわれ、もちろん貴重な観光資源だ。かなり昔、家族でいったようだが、ほとんどおぼえていないのが、残念。

 その湖に行く途中に、大湯環状列石。古代ミステリー、ストーンサークルだ。古代人の日時計かと思われるが、宇宙人との交信基地だった、との面白い説もある。こちらの方が夢があって、いいと思う。

 (99年)

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末広

Img006_1  米代川も国道103号線も、バイパスとなっている。

 旧道脇に、おいてけぼりになったように、末広駅はある。昔は駅員がいたのだろうか。駅舎左側はあかずの間になっている。右側は待合室。無造作に投げ捨てられたような雑誌類。

 ここまでくると、流れは十和田湖へとむかっている。盆踊りで有名な毛馬内(けまない)をぬけ、大湯を過ぎれば、猫足形の十和田湖、登場。ずいぶんと昔、家族と行ったようだが、覚えていない。

 毛馬内北の鉱山の町、小坂町には明治時代の芝居小屋、康楽館がある。観光名所への、ほんの入口。

 (99年)

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2006年7月 4日 (火)

土深井

Img005_3  「どぶかい」と読む。

 駅は鹿角市にある。すぐ先の沢のむこうが、大館市。今でこそただの市の境界線だが、江戸時代はたいへんだった。

 「国境」であった。南部藩と佐竹藩との藩境。そっくり当時のまま残っている。

 藩境紛争が絶えず、境界線をはさんで稲荷神社をそれぞれ建てた。神に頼めば、なんとかなるだろうとの、村人の願い。

 実際は幕府が調停をしていたようだが。現実は、中央の力、だったようだ。

 (99年)

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沢尻

Img004_2  米代川と国道103号線にはさまれた、実にせまいところに駅がある。

 クルマを転回させるのに、大変だった。戻すのに、わざわざ川を渡ったりもした。とにかく、行きづらい。

 このあたりは古くから犬を大切にしてきた地域。「老犬神社」がたつほどだ。江戸時代、忠犬がいて、その活躍ぶりを村人がたたえ、まつった。以来、犬を愛する習慣になる。

 後の忠犬、ハチ公も同じ大館市出身。物語の原型ではないかと思えてくる。

 駅脇につながれた犬が、やたら私にほえたててくる。「一言あいさつせんか!」と言っているのかもしれない。

 (99年)

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2006年7月 2日 (日)

十二所

Img003_2  「じゅうにしょ」と読む。旧藩時代、南部藩との国境。

 交通、防備の要地で、関所を設け、通行人の取り締まりにあたった。十二「所」とは、関「所」をいう。

 そういう経緯もあり、藩政時代は、けっこうにぎわっていたらしい。が、今はそうしたことも時の流れに消し去られてしまった。国道103号線がバイパスとなってからは、なおさらだ。米代川のむこう側にある。

 こちらは旧街道。街道脇のオンコ(イチイ)の老木がそっとなぐさめてくれる。

 ちょうど昼時。直射日光が駅を鋭く差す。まぶしいくらいだ。

 (99年)

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大滝温泉

Img002_2  大滝温泉の歴史は古い。なんと1500年も前、大和時代からある、というのだから。考古学の世界になってくる。

 江戸時代は佐竹藩主の湯治場だった。なにかこの湯には、神がかり的な力があったのかも。

 その温泉はこの駅からすぐ先にある。見える。米代川の渡った先。そのわりに温泉街、といった風ではないのが面白い。

 しかし、私がここに来たのは、単なる物見遊(湯)山。親切な駅長さんに教えてもらい、大館駅行きのバスに乗り込む。次の列車を待てば、秋田に着くのは、夜になってしまうからだ。

 バスに乗るのは、予定外だったが、ここに来たのは、予定内だったと思う。

 (99年)

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2006年6月30日 (金)

扇田

Img001_1  秋田県比内町、扇田。比内鶏の産地。

 きりたんぽナベに欠かせない鶏肉で、これがなければ鍋物とはいえない、ともいわれる。駅前に小さなオリがあり、鶏がいた。コケコッコッコー、と歓迎のあいさつをされた。

 また、とろろにかけるとおいしい、”とんぶり”の産地でもある。緑色の粒で、そのままだとおいしくないが、これが不思議、とろろとかけ合わせれば、なんと美味であることか。

 前・国連事務次長の明石康氏の出身地。「たらちねの 世界平和の あかしかな」と母校の秋田高校生にたたえられた。

 鶏は夜明けを告げる。世界平和の夜明けを迎えるのはいつのことか。

 (98年)

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2006年6月27日 (火)

東大館

Img098  大館市の中心部に近い。花輪線のひとつめの駅。アメッコ市に訪れた際、立ち寄った。

 にぎわいをみせる、アメッコ市。商店街を歩行者天国にして、会場を設けていた。威勢のいいおばさんたちの呼び声に負け、さっそく何個か買う。この日に買った飴を食べると、一年間、風邪をひかないとか。

 東大館駅はそんな祭りの、正にそばにあった。本来なら、立地条件からすれば、ここに主要幹線である奥羽線の大館駅があったほうがよかったのであろうが、そうはうまくいかなかった。

 アメのにおいがする。あの忠犬ハチ公も、このにおいに負けたのだろうか。

 買った飴は、すぐには食べなかった。やはり大切に保管してしまった。

 (96年)

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