2006年10月13日 (金)

大釜

Img059_1  滝沢村の人口は今、いくらぐらいいるのだろう。

 とにかく多い。「村」なのに、2万をゆうに越えているはずだ。盛岡の隣で、ベッドタウン化したせいなのか、面積が広いことからか。

 役場の最寄り駅のこの駅に立っても、今ひとつわからない。

 それにしても快晴、見事な岩手山の姿である。

 盛岡に行くバスがありますか、と、駅員のおばさんに尋ねると、この先の国道46号沿いにしかない、と言われる。では、それで行こうと、またまた歩いた。

 国道脇に、確かにバス停はあった。30分以上経って、ようやく乗車。このあたりのバスは観光バスか、市営交通か、見分けがつかない。同じような車両を使っている。

 次の駅は盛岡。新幹線こまちは、そのまま東北新幹線に接続する。

 (98年)

 

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小岩井

Img058_1  小岩井農場への最寄り駅。

 牧場では、牛や馬、羊、鶏、豚などが放牧されていた。乗馬体験コーナーでは、小さい子どもの歓声があがっていた。

 牛の乳搾りなど、間近に酪農の様子が見られる。快晴。くっきりと岩手山をバックに、バーベキューを囲む家族連れ。宮沢賢治でおなじみのSL列車が食堂になっていた。

 そして賢治の童話にも出てくる岩手山。確か、ふもとには三つの山か林かがあって、互いにかけ声をしあう、という内容のものだったような気がする。

 明治時代に作られた、日本最大の民間農場。乳製品がおいしい。

 柵に囲まれて、動物たちが動いている。柵に囲まれない人間たちも動いている。火山活動、岩手山も動いている(?)。

 時だけがとまっている。そう、感じた。

 (98年)

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2006年10月10日 (火)

雫石

Img057_1  岩手県の誇る冬のメッカ、雫石スキー場への下車駅。町民の強い希望で、新幹線こまちが停まる。(97年開通)しかし、本数は限られている。

 スキー場を意識してか、「銀河ステーション」と名づけられ、山のロッジ風の造りになっている。記念スタンプも作られ、改札口脇に設置されていた。

 ここもイーハトーブの里なのだろう。間近に岩手山が望まれる。その下がスキー場。

 そして網張温泉。玄武温泉をはじめ、周辺には温泉が多い。南に下って、ダムの向こうには、繋温泉、さらに鶯宿温泉、、。盛岡に近いことから、絶好の保養地というところか。

 春木場から歩きに歩いて、へとへと。列車に乗り遅れた。都合のいいバスがない。やむを得ず、大金を払って、タクシーで小岩井に向かうことに。白髪の運転手は交通の便の悪さをことさら強調していた。これさえあれば便利、と、新時刻表を示したりもした。

 宮沢賢治、童話の舞台の里をタクシーが一台、進む。乗客は一人。

 (98年)

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2006年10月 7日 (土)

春木場

Img056_1  赤渕から国道46号線を東へと歩く。

 右に竜川、左に田沢湖線。国道が北に進路をかえ、線路とわかれたところで、春木場(はるきば)駅。片面ホームのみ。

 駅南に橋がある。竜川はこの先で、葛根田川と合流し、ダムへとそそいでいる。

 ここより南方の山中に鶯宿(おうしゅく)温泉がある。読み方の難しいことで有名だが、一度行ってみたいものだ。近くには岩手の誇るリゾート施設、けんじワールドもあり。

 雫石行きのバス停がある。かけ寄って時刻表をのぞく。4分前に一本あった、、。

 「バス、もう出たよ。」農家の人がうしろから声をかけた。そうか、、。仕方ない、歩こう。

 だんだん日が昇ってきた。

 (98年)

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赤渕

Img055_1  ホームが線路にはさまれて、中央にあるだけの駅だ。元信号所であるようだ。国道46号側に駅舎らしき建物があるので、近づくと、鉄道保線区員控所、とある。

 長い仙岩トンネルを越えた後の、小さな駅。厳しい峠越えをしても、まだほっとできないようだ。

 このあたり、まだ仙岩トンネルの余韻をひきずっている。田沢湖駅との間は何キロ離れているのだろう。岩手県側から見れば、山登りの最終準備地か。

 仙岩トンネルができるまでは、国見峠越えが秋田、岩手間の交通路だった。「馬買い衆」とよばれる商人たちが頻繁に往来したといわれる。南部の良質な馬を求めて、交通の発達していなかった当時、彼らの脚力の凄さは推して測るべし。

 詳細については田沢湖町出身の作家、千葉治平氏を紹介する。

 (98年)

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2006年4月 3日 (月)

田沢湖

Img053  神秘の湖、田沢湖。深長400メートルもあり、日本最深の湖だ。火山の噴火によって、できあがったといわれる。

 伝説の辰子姫は、金ブロンズの像となって、湖畔にたたずむ。彼女の表情からは愁いを感じる。日本のミロのビィーナス、といった魅惑的な姿だ。伝説といえば、八郎湖の竜は、辰子会いにここ田沢湖まで来た、といわれるが、果たしてどうなのだろう。

 田沢湖町は、「秋田の軽井沢」で、高原には、別荘や温泉、スキー場と、各保養施設が整っている。駒ケ岳登山や乳頭温泉郷、スキーなど、何度となく訪れた。乳頭温泉郷の露天風呂、黒湯温泉に蟹場温泉、鶴ノ湯温泉は大自然の中の一時を楽しめた。

 秋だったら、紅葉が間近に見られる。沢の流れの音。ちょっと耳をすませば虫の声。ゆったりと湯に浸かっていると、天にも昇る気分。

 スキーで温泉旅館に泊まったことも忘れられない。避暑地の夏をこの地で過ごしたい、と願わずにはいられない。父は学生時代、登山でよく来た。足をのばせば、玉川ダムの先には、八幡平もひろがる。

 山心、里心、人の心、日本の心。田沢湖は神の住む湖だ。そして、温泉に浸かった、あのぬくもりはまだ消えない。

 この先、県境には奥羽山脈の山塊が大きく立ちはだかっている。トンネルができるまでは、ここ田沢湖駅(旧・生保内駅)が終着駅だった。この難所を、昔、行商人が行き来していたというのだから、驚きだ。直木賞作家・千葉治平氏はここが出身地だが、その作品に詳しく描かれている。

 山が、大きく手をひろげるようにして、たちはだかっている。

 (97年)

 

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刺巻

Img052  神代、刺巻間は長い。林の中、鉄道と国道46号線との並走が続く。

 道沿いにあったのが、ここ刺巻駅。ログハウス風の駅舎。近くにはミズバショウの群生地があり、それを意識してか、駅前には花壇がある。ミズバショウは当然うわってないけど。

 でも、なんといってものおすすめは、夏瀬温泉だろう。脇道にそれ、山また山の中に、ひなびた温泉宿。前回、父と行った時は、もう悪路で、崖下の神代ダムに落下するのでは、と冷や冷やしたものだ。

 温泉はいい。夏になったら泊まりたくなる、瓦葺のこじんまりとした古宿。自然との息のあった建物が、旅人の心をうつ。川のせせらぎと森林浴。

 山林に包まれた駅は、憩いを求める人への下車駅でもあった。

 (97年)

 

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2006年3月30日 (木)

神代

Img051  角館・白岩へはここからも行ける。先祖の墓参のアクセスとなる。

 芸術座のわらび座への下車駅。公演は秋田市で一度見たことがある。秋田を代表する芸術一座である。

 でも、なんといっても抱返渓谷だろう。玉川の急な渓流と周囲の木々の色づきが綺麗だ。秋なれば多くの人が訪れる。桟道の足場が悪くて危険でもあるが、行ってみる価値はじゅうぶんにある。

 前回、行ったときには、岩をうがって作ったトンネルの暗さにびっくりした。先が見えない。大人でもこわい、と思う箇所である。

 石碑があった。飯村少年は崖下に落ちた妹を助けるため、誤って転落死した。美談として今に伝わる。兄弟愛、というより、男とはいざとなったら、最愛の人のために命を投げ出してまで尽くす義務がある、という使命を感じた。と、言いながら、私にはそんな勇気はないが、、。下はどろりとした川面だ、、。

 この先、川はふくらみ、ダムとなる。さすがにそこまでは行かず、引き上げた。

 (97年)

 

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生田

Img050  「しょうでん」と読む。角館・白岩の墓参りからの帰り道、立ち寄った。

 むし暑い夏、青田の中にあった。集落をぬけ、ぱっと開けたところにちっちゃなホームを見つけた時の感動は忘れられない。

 温泉ゆぽぽ(わらび座敷地内)にわりと近い。前回、この温泉に両親と三人で浸かりに行った。宴会用の食堂で遅い昼食をとったことを覚えている。

 さて、しょうでん(生田)。新幹線が通るようになって、こういったローカル色豊かな「駅」も一瞥されるだけになってしまうのだろうが、これも時の流れということなのだろうか。

 国道46号線からはちらりと見える位置にある。

 (96年)

 

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2006年3月26日 (日)

角館

Img049  みちのくの小京都、角館町。

 武家屋敷としだれ桜(特に桧木内川沿い)が美しい城下町。歴史と伝統が息づく町。

 戦国時代に戸沢氏が割拠。戸沢政盛は関ヶ原の合戦の折、会津・上杉景勝の動きをいち早く徳川家康に報告し、功により戦後、常陸、そして新庄に移封。代わって芦名氏が入るも、まもなく断絶。江戸期は佐竹北家が治めた。

 その屋敷街は今や一大観光スポットだ。桧木内川の花見と合わせて必見の価値あり。

 伝統工芸品の樺細工。桜の樹皮からできたもの。また白岩焼。角館郊外の白岩は、わが家発祥の地。祖父はここで生まれた。先祖の墓も残されている。私の心の中の故郷だ。

 角館は奥が深く、興味は尽きない。文化人を多数輩出している。秋田蘭画の小田野直武(1749~80)。江戸後期の人で、藩侯、佐竹曙山(1748~85)に仕えた。かの平賀源内に師事、「解体新書」の挿絵を描いた。また最近では作家の高井有一や演歌歌手の藤あや子が著名だ。

 お祭りもある。夏に豪勢な山車ぶつけ、白岩ではささら舞。冬には豪快火ぶりかまくら。

 このほど秋田新幹線の停車駅となった。私にはこの一種独特な雰囲気がこまちをとめた、と見える。この町こそ秋田文化を象徴している。

 秋田を代表する観光地である。

 (97年)

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2006年3月25日 (土)

鶯野

Img048  鶯(うぐいす)がとまっているかのような林のそばに、片面ホームの駅があった。ここが本日最後の目的地。

 小さな待合室で羽後長野駅近くの店で買った昼食をひろげる。線路をへだてたむこうは畑。

 国道105号線から人家に入ったところにある。北大曲駅から歩きづめで疲れた。少し休もう。

 ウグイス鳴くとき、列車来たる。いやいやあれは列車の車輪の音。これで次の角館に行こう。秋田新幹線ができてから、かわった、と聞く。

 (97年)

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2006年3月22日 (水)

羽後長野

Img047  中仙町の駅、羽後長野。

 なにか祭りでもあるのだろうか、駅につづく商店街の店々には、いちように飾り物が出ている。そういえば角館・白岩にもこんなものが見られたような。

 黒塀の古めかしい屋敷のならび。佐竹北家が角館にうつる前までは、ここが本拠地だったそうだ。その時、角館にいたのは芦名氏。会津の戦国大名、芦名氏の子孫。芦名氏は1589年、伊達政宗によって滅ぼされ、常陸の佐竹氏をたよって落ちのびた。

 関ヶ原の合戦後の佐竹氏国替えの際にいっしょに秋田入りし、戸沢氏のいた角館に所領を賜る。しかし、この家系は長く続かず、まもなく断絶。その空席を埋めるように、当時長野にいた北家がその後釜に座ったと、こういう段取りだ。

 だから、角館と文化的に共通点が多いような気がする。あの飾りなどもいい例だ。

 玉川のむこうの八乙女公園は桜の名所。角館には桧木内川の桜があるし、、。やはりどこか似ている。

 (97年)

 

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鑓見内

Img046  難しい名前の駅だ。踏切工事のため、目前に駅を見ながら、やむを得ず、迂回をする。

 片面ホームのちいさな駅。脇を秋田新幹線・こまちが疾走していく。

 家畜や肥料の一種独特の臭いが強烈に鼻を刺激する。仙北平野のど真ん中。この広さが気持ちいい。

 さて朽ちたような便所小屋に入り、用をたしたものの、手洗いがない。やむなく用水路(工事用のか?)に手をつっこむことに。もしかしたら、これが手洗いだったりして、、。

 農村の小春日和。角館方面へ線路とともに歩く。

 (97年)

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2006年3月20日 (月)

羽後四ツ屋

Img045  北大曲駅から歩いて10数分後、民家のかげにかくれた羽後四ツ屋駅を発見。写真におさめる。

 裏手は田園になっている。仙北平野だ。米どころ秋田の宝庫。

 北大曲駅ができる前までは、この駅が、大曲から数えて田沢湖線、ひとつめの駅だったという。だから、歩いてさほど時間のかからぬうちに到着した。

 こ線橋がかかっているが、駅は無人。駅前には何軒か商店がたっており、そこでジュースを買う。けっこう、うまい。

 これから昼にかけて暑くなる。農作業をする人たちを横目に、角館を目指して歩を進める。流れる汗がなぜか気持ちいい。

 (97年)

 

 

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北大曲

Img044  午前7時35分大曲発の普通列車に乗り込むためには、秋田を午前6時半に出る列車に乗らないとならない。

 秋田新幹線ができたおかげで、鈍行列車が極端に少なくなった。

 片面ホームの駅が余計さびしくうつる。

 国道105号線沿いにラーメン店がある。昔、父とこのあたりに来た際には、よく立ち寄ったものだ。店の窓から駅のホームがちらりと見え、ローカル線の駅っていいものだな、と思った。

 少年時代の思い出が後々まで続いていく。今、実現にむかって、歩く。

 (97年)

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