2006年3月12日 (日)

男鹿

Img038  男鹿半島全域に及ぶ、秋田県男鹿市、人口3万。

 男鹿ぶりこ(ハタハタのたまご)の産地だ。対馬海流とリマン海流とが沖合いで合し、絶好の漁場となっている。磯浜釣りがさかん。

 半島の縁は、きりたった断崖絶壁になっており、その荒々しい岩礁群は、遊覧船などで見ながら楽しむことができる。私も家族で海水浴をかねて、泊りがけなり遠足でなりで何度となく訪れたが、いつもその迫力には圧倒される。特に大桟橋がすごい。

 戸賀湾、男鹿水族館に立ち寄る。海洋生物との出会い。海ガメの大きさには驚かされる。すべてを包み込む海のすごさ。

 しかし、時に海は牙をむく。日本海中部地震(1983年)の津波で亡くなった子供たちの冥福を祈らずにはいられない。入道崎灯台のむこう、沈みゆく夕日。海がいつも友であるように願う。

 「なまはげ」の里だ。真山(標高567メートル)が本拠。毎年12月、秋田美人には程遠い鬼たちが、一斉に各家々へ押し寄せてくる。すさまじい形相、大声あげて。泣き叫ぶ子どもらに、「泣く子はいねが!」大人だって泣いてしまいそうだ。

 2月には真山神社にて「なまはげ柴灯まつり」が行われる。こちらは数でおす。松明ふりかざし、一斉に山を降りてくる、なまはげ軍。圧巻。怖い、の一言。よくも悪くも男鹿のスターであることは間違いない。

 (94年)

 

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羽立

Img037  鉄道はトンネル(男鹿線で唯一)、道路は坂道、とそれぞれ茶臼峠をこえると、羽立駅。

 国道101号線はバイパスとなり、海岸を走っていたが、ここいらでいっしょになる。と、思ったのも束の間、突如進路を北にかえ、わかれてしまう。

 北浦経由で男鹿半島の逆時計回りをする人は、そのまま101号をどうぞ。鉄道は船川(男鹿市中心部)をめざす。

 ところで男鹿市内の4つの駅(船越、脇本、羽立、男鹿)はみな、上下すれ違いのできるホームになっている。通勤、通学客が多いのだろう。秋田市との結びつきも強い。

 (94年)

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2006年3月10日 (金)

脇本

Img036  平安期から戦国期にかけての豪族、安東氏の居城・脇本城は海岸沿いの生鼻崎にある。この駅からクルマで10分とわりと近い。

 駅前には、江戸期の歌人、菅江真澄の碑が。富士山や鳥海山とならんで、ここ寒風山をうたっている。

 その寒風山。登れば半島全域を一望のもとにおさめることができる。空気がおいしい。ハングライダーをする人の姿が見られる。行くと、いつも男鹿名物「なまはげ」が歓迎してくくれた。

 元々この山は火山だったが、今はその燃えるような赤色は、このなまはげに受け継がれている。ここが彼らの住処だったのではないかと思えてくる。

 国道101号線はバイパスとなり、海岸線を走る。鉄道は旧道とともに茶臼峠越えをする。昼なお暗い、寂しい峠道である。

 (94年)

 

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船越

Img035  船越水道にかかる長い橋を渡れば、そこはもう男鹿市。

 海から吹きつける冷たい潮風と、迷いこんできたようなカモメのすがたが、なにか心にうったえるものがある。海が近い。橋のすぐ下の水面には波がたつ。

 この水道は八郎湖(現・八郎潟)への入口。唯一の窓口。干拓後も農業用水を得るため、大切な水路となっている。正に巨大な蛇口だ。

 伝説の八竜太郎はここを伝って海へ逃げたのだろうか。入口はここしかない。ずいぶんと狭く、きゅうくつだったろう。

 落っこちそうなほど水面ぎりぎりを走るディーゼルカーに、夕日が赤く照らしている。

 (94年)

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天王

Img034  天王町の名をそのままそっくり表した駅で、船越水道の手前にある。

 住宅地の中にまぎれていて、はじめはどこに駅があるのか、迷ってしまった。

 勿論、無人駅だ。細いレールに横づけするようなホームと待合室。

 石碑や地蔵の多い天王町だが、ここには東湖八坂神社があって、男鹿の神々をあがめるという。毎年、七夕になると「クモマイ」という神事が執り行われるらしい。神様が船越水道を渡るとか。

 「天王」という暗示めいたネーミングも、無縁ではないようだ。

 (94年)

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2006年3月 3日 (金)

二田

Img031  二田駅。上下すれ違いができるホームになっている。

 天王町の表玄関だ。この駅からまっすぐ八郎潟方向に行くと、役場がある。

 不思議なことに、この町には山らしきものが見当たらない。開拓でできた町だからか、農業には適してはいるものの、目印と呼べるものには事欠く。

 江戸時代には、塩をさかんに作っていたという。男鹿半島が地殻変動の末にできあがったのは、いつの頃であろうか。今もこのあたりは、男鹿への渡り廊下といった観が強い。

 しかし今や秋田市のベットタウンとして、急速に人口が増加している。人口という新たな「開拓」がはじまっているようだ。

 (94年)

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上二田

Img030  防雪林に包み込まれるように、世間から隠れるように、静寂なところに身を潜めている駅。片面ホームの上二田駅。

 こういう林の中にあると、神社の境内かと見まがってしまう。

 鉄道写真集では、男鹿線のここいらあたりが、シャッター・スポット。夕日へと続くほぼ一直線のレール、、。両側の防雪林がいい雰囲気を出している。どこまでも行ってしまいそうだ。

 よくよく見ると、林の向こう側にはスイカ畑が広がっているようだ。木々は線路だけではなく、スイカも守っている。

 (94年)

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出戸浜

Img029  出戸浜海水浴場の最寄り駅。

 天王町にある、この海水浴場は最近、海流の変化で砂浜が侵食され、問題になっている。それでも、下浜とならぶ秋田市民の夏のメッカには違いない。

 駅前から浜にむかってずっと一本道。昔は浮輪を持った家族連れの姿が目立ったが、ここのところは一時期の活況はないと、地元の人は言う。一体どうしたことなのだろうか。

 下浜ほど駅から浜に近くないことが原因なのかと推測する。コンテナを改造した駅舎。向こう側にもうひとつホームがあるが、今は使われていない。線路もとりはらわれている。

 防雪林脇の小駅は、寂しげだ。

 (94年)

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