2009年1月 7日 (水)

天地人と北国の冬

 世間でいうところの正月休み、サービス業の繁忙期がようやく終わり、ほっと一息ついているところです。

 年始にかけて降り積もった雪は、なぜか融けとしまい、一瞬春のような陽気があったりして、今年はどんな年になるんだろう、と、疑問を投げかけたりしました。

 北国には雪が似合うんですが。温暖化が進むと、雪国(北国)は最早北海道くらいしか残らなくなるのでしょうか。悲しいかな。

 その北国を代表するともいえる、新潟県、広く福島県、(米沢を含む)山形県を領有した義の国、上杉家の「天地人」が早くも放送が開始されました。私は初回は丁度仕事で、ビデオ録画で見ることができました。

 出来栄えは上々では??視聴率も好調なようで、何よりです。(去年の篤姫の余波か?)なんといっても、上杉家は私の好きな大名家の一つでもあり、米沢は何度も足を運んでいるところでもあるからです。去年の6月にも訪れました。記憶が新しい。

 織田信長や徳川家康といった、中央の大物を敵に回しての活躍。そして、その義侠心の強さ。リストラはしない、という家臣団の結束。、、胸をうたれます。今でも思い返されます。杉木立の中の、上杉歴代藩主の廟所。、、整然と並ぶその形に、精強な上杉軍団の堅さを見た思いでした。

 今、手元にその原作の「天地人」があります。上巻を読み終え、今、下巻に進んでおります。読み応え充分。大河の方も、妻夫木聡演じる、直江兼続の活躍に注目。勿論、寡黙の大将、上杉景勝も。、、阿部寛演じる、上杉謙信は、信長のような異風で、なかなか格好よかった。、、またまた戦国熱が上がってしまいました。

 後半には毛利輝元も登場するようです。中尾彬が役なようです。個人的には「葵徳川三代」での宇津井健が適役だと思うのですが。(あの時はかなり格好よかった!)彼は前田利家役として登場するようです。

 さてさて、上杉の米沢。そして、新潟、、。クルマで何度も行きました。あのアーケード街と道路中央の融雪パイプ。いいものです。、、北国に来た、新潟に来た、って思える瞬間でした。

 今年は雪は少ないんだろうな、、、と想像をしております。どこもそうなんでしょうが、味気ないものです。、、雪かきがないだけ楽でしょうが。

 遅い初詣をした、神社の社も、何も白くはありませんでした。秋の延長のようです。白い社殿がまたよかったりするんですが、、。京都とか金沢、そして竹林とか、、雪は美しい。

 早くまとまった雪が欲しいな、と天を見上げる毎日です。

 

 

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2008年12月30日 (火)

義を貫くことの難しさ

 待望の雪が降り始めました!今日はいったん小休止なようですが、この調子で降り積もってほしいものです。やはり冬は、雪の白が似合う。

 今年も残り僅かです。感慨深いものがあります。沖縄にオーストラリア、暑いところに行ったな、と思います。その年の最後に雪の白さがあって。最高の締めくくりと思えるのです。

 あの土地のあの感動の場所。足跡をつけた。今頃どうなっているのだろう、、。そんなことを考えながら、一年が過ぎようとしているのです。

 ジムに行こうにも、(家での)事務作業が多く、とりやめました。書きものが多いんです。

 合間を縫って、読書もしました。「天地人」の下巻。来年の大河ドラマの主人公、直江兼続の生涯を描いた作品。まだ読んでます。上巻読破につき、下巻にうつりました。今頃米沢は雪でしょう。北国の雪、、。だから、いいんです。共感を覚えます。春に訪れた米沢は、まさに絶好調。来年が待ち遠しい、そんな感じでした。

 この作品に描かれた如く、上杉家が「義」に生きたのかどうかは分かりません。が、そういうイメージを与えたのは、幸運だといえるのではないでしょうか。少なくとも、私には、上杉家には爽やかな、おおよそ陰湿とは異なるイメージを持つのです。

 人間は「利」で動く。しかし、それは限界がある。「利」は否定はしないが、その先には「義」があるべきだ。、、兼続はそう説きます。、、ぐっとくる言葉です。義を貫くことの難しさは、戦国の世ならず、現代も通じているような気がします。「けっ、人の痛みなんざ、三年でも我慢できらぁ!」そんな傍若無人な、自己中な人間がのさばっているような世の中なような気がしてなりません。

 どうしたらいいのか、という特効薬はなかなか見つかりません。、、私は消極的な姿勢ながら、こうした風潮、それに毒された人からはなるべく離れる努力をするべきだと思うのです。、、改善を期待するのは賢くないかもしれません。ただただ不快感だけが残されるのだと思うのです。

 、、と、思った時点で、私は直江兼続にはなれないのでしょう。だから、すごい、と傍観者ながら、思うのです。

 この世に、名誉欲、出世欲、物欲、性欲、嫉妬、エゴ、差別、、こういったものが排除されるのなら、なんと住みやすい世の中なのか、と思うのですが。、、それらに囚われた人々がなんと多いことか。嘆かわしいことです。、、人あるところに、トラブルあり、とはまさにそうした因縁が存在するからでありましょう。、、ああ、嫌だ。私は全てをうっちゃって、人となるべく関わり合いを持ちたくない、そう思う瞬間が多々あります。

 まあ、そうは言っても、どこへ行っても、人ある限り、逃れられないわけで。要はカオス、要は無間地獄。

 温泉にでも浸かって、ゆったりとしたい。

 また一年、過ぎようとしております。

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2008年7月16日 (水)

人生の目標

 日中は暑いですが、夜は冷え、全般的には涼しい天気が続いております。このまま、過ごしやすい夏であればな、なんて思います。(関東のまた、あの猛暑日を聞くにつれ、あそこには絶対住めないな、とつくづく感じます。)

 しかし、これに安住して、汗をかかないと、体はしぼまないと、奮起。ついに本格的にフィットネスクラブに入会してしまいました。、、とりあえずはやってみようと。仕事帰りに汗を流す事に決めました。休みの日に、いちいち出るのも、面倒、と思ったわけです。

 公共施設の割安料金も魅力だったんですが、多少遠いし、方向が逆になる。勤務先ルート上だったら、行きやすいと判断した次第です。まあ、効果があがるかどうかは別なんですが。

 これに休日は、英会話教室など検討しているんですが、すごく忙しくなりそう。、、でも、英語やりたいし、海外にも行きたいので、多少金はかかっても自分投資だ、いいかな、と思えるのです。、、あぶはちとらずにならない事を祈ります。

 あまり忙しくなると、普段の疲れがとれなくなるかも??忙しいのは結構なのですが、これでいいのかな、とも思えます。まあ、ともかくお試しで。他の事がおろそかになる。今日だって、部屋の掃除、できなかった。執筆活動も遅々として進まず。、、時間がとれません。(家でやるからだれるのかも。図書館とかでばりっとやろうかな、と考えたところで、いやいや休日は普段の体の疲れをとる日なんだと、いいきかせ)

 私の駅訪問と、その紹介文は、単なるマニアックな趣味の、一方的な言い様で終わらせるつもりはありません。そのように解釈されたならば、心外でもあり、説明不足を痛感いたします。、、これは地域の良さを再認識していただき、そして日本をもっともっと好きになっていただきたいという、私からのメッセージなのであります。

 日本は鉄道王国です。小さな町から大都市まで、鉄道網が完備され、その町の玄関は常に駅であるわけです。、、そこから、その町と、そこに生きる人を描写できたら、、、と思うわけです。、、(中略) 

 この持論は別の機会に。

 その合間に読書も少しずつ。「沖縄論」もそうですが、この間、米沢に行ったので、「天地人」を読んでおります。そう、来年の大河ドラマの原本。上杉景勝に仕えた、直江兼続の生涯を綴った本。、、歴史の町、米沢と小野川温泉。そして、闇夜を彩る蛍、、、よかったな、と思い出しながら、読み進めております。

 ほんとに蛍はきれいでした。、、幻想的な光景と、川のせせらぎ。翌日は、上杉関連の城下町米沢をくまなく訪ね歩きました。

 米沢と山口県の萩はよく似ております。(内陸と海岸の違いはありますが)どちらも鉄道によってぐるりと囲まれ、その中にこみっと町があり、その枠をはみ出ないように、ああ、これが幕府に対する恭順と、処世術なんだな、と思うわけです。

 萩!そう、毛利輝元の名誉回復と、その著作もいつの日か、出したいものです。これも目標のひとつ。その米沢の上杉景勝との関ヶ原における共同戦線、といったストーリーも面白いかもしれません。三成と直江ラインは、実は輝元と景勝ラインであった、、、という。

 駅と旅、輝元。全部できるかどうか、心許ないことでもありますが、とりあえずは走り出したい。人生の目標を設定し、そこに向かうだけです。

 その前に、体重減らしと英語をなんとかしないと、、。目先の目標こそが、まず手始めのやるべきことでしょう。

 忙しい毎日となりそうです。

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2008年7月12日 (土)

沖縄論から日本を見る

 沖縄に行き、惚れ込み、また行きたい!と思い、日夜沖縄を回想する人の症状を、「沖縄病」というそうです。私も、まだ余韻に浸っている一人です。充分病気でしょう。この症状がひどくなると、永住したい、と思うそうですが、さすがにそこまで重度にはなりませんが。(大体暑いところが苦手!)

 さて、そんな沖縄を自分なりにまとめようと、様々な本や史料(主に図書館で)をめくっております。日本国内でありながら、特殊な地域。それだけに、面白いです。中でも読みやすく、タイムリーに沖縄の事を書いてあるのは、小林よしのり著・「沖縄論」でしょうか。

 旅した直後に読むと、なるほど、とうなずけるものが多く、為になります。最も、内容は極めて政治的であり、過激でもあるので、これは賛否両論あるところですが、、。その点については、氏の意見に諸手を挙げて賛同する立場にはありませんが。

 ただ、沖縄から、本土・日本を見つめなおす、という試みは、評価されていいのかも。面白い見方です。それこそ既成概念の壊しですから。身は米国、(もしくは日本、中国)に捧げても、心は奪われず、の闘争。その歴史、、。唸るものがあります。比べて我が日本はどうでしょうか、、、。考えさせられます。

 特に最近の堕落は、目に余るものがあり。、、古き良き日本の伝統はどこへいくのでしょう。

 (特にこうした雨の日など)静かに読書に耽り、また長じて密かに研究を重ねる人たちを「所詮はひきこもりだ!」と軽蔑し、その反対に、徒党を組んで騒ぎ、ギャンブル、酒、女に溺れる連中が、「青春の姿」だの「際めてアクティブな若者」などと賞賛される現実。

 ケータイで繋がった軽い人間関係のネットの多数構築こそが、幅広い人間関係の姿だと信じて疑わない、人々。

 自己主張と自己中心の区別もつかず、ひたすらクレームを浴びせ、周りを不快にさせ、それが「主張できる大人の姿」だと豪語する。

 人がしゃべっているのに、ケータイ!電車、バスの中で化粧!!生ごみを道路に破棄、家の生ごみを公共施設に持ち込み。注意しようものなら、「これが権利!私の生きる権利!!そなた私に言う権利ありや!?」と怒鳴られる。

 何はともあれ早い者勝ち。人の為にやるなど、なし。人の為に、何も残さない。自分のためだけ。

 離婚の増加。親権放棄、育児放棄。ごろつきは男らしい、「かっこいい」!交際はとっかえひっかえ。交際人数の多さは「もてる証明」。昔なら、ふしだら「村八分」でも今や、「自立した大人の女の姿」、「新たな女の生きる姿」と賞賛。浮気、不倫、二股、幼児虐待、夫婦間に親子の暴力、なんでもあり。

 挙げればきりがない。文句を言っても始まらない。「あんな人間と、同じ空気を吸うのも嘆かわしい!」と言っていたのも、もはや昔のこと。社会全体が堕落しているのだから、どこへ逃げても、同じ事。最早、逃げ場などないのです。うまく車間距離を保ちながら、付き合っていくしかないのです。

 こんな日本に誰がした!?こんな日本になぜなった!?

 秋葉原の事件の犯人の苦悩も分からなくもないですが、私だったら、(人生に絶望するならば)哲学書を読み耽り、もしかしたら出家など、考えるでしょう。ああしたやつあたり的なことはよくありません。

 そう、この堕落した世界から、逃れ、放浪の旅にでも出たい。悟りの境地に至るかどうかは疑問ですが。、、でないと、日々怒り、悲しむことばかりです。やってられないのです。この世は所詮、ワルが支配し、ワルのみが生きられるようにできているのでしょう。

 と、いっても生きる為には金が、、。(と、世俗)

 沖縄の青い海が蘇り、、また見たい!(と、世俗)

 やはり、私に出家など無理でしょう。

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2008年3月 1日 (土)

北斗の拳と世紀末覇者の攻防

 ひょんな事で、職場の心優しい方から漫画・「北斗の拳」全巻を頂きました。

 全12巻。コミックを凝縮した、復刻版といえます。昔読んだなーと、感慨にふけりつつ、熱心にページを繰りました。

 当時ははまりました!多くの人がそうだったでしょうが、あの独特のセリフや技の数々!まだ自身少年期であり、あちこちに格闘技(の真似)が展開されていたと記憶します。テレビの影響も大きい!

 このリアルかつグロテスクな描写に嫌悪感を抱く人も、当然いるでしょう。が、私は、この世紀末、(いわゆる世紀末!)の混沌とした世界をよく表現していると思います。今読んでも熱中します。大作です!

 やはり今大人になってから読むと、当時見えなかった部分が見えて、結構新鮮な感動を覚えます。当時はそれこそ、技とかセリフ、悪役の描写に目がいって、(そういうところだけ鮮明に覚えていて、ああ、こんなワルがいたっけ!と懐かしがったりして)この作品の主要なテーマである、「愛」がよくわかっていなかった。理解しておらなかったと思うのです。

 次から次へと(そう、まったくまあ、よくも次から次へと)悪い奴等が登場しますが、そんな彼らも、この世紀末の荒んだ世界が生み出した弱者なんだ、と。(勝者を装っていますが、所詮は張子の虎でしかないのです。)何かしらトラウマを抱えていて、それであのような愛はいらない、力こそすべて、の覇権思想につながった、と、いうのです。納得させられるものがあります。

 世紀をまたいでも、相変わらず世界は戦争と貧困で苦しんでおります。暴力がすべて、と開き直る人たちは、やはり心の中で、寂しさというか、満たされないものがあるのでしょう。それで、そのような、人の心を持たない、悪しき人物が製造されるのです。

 愛は奪うものでも、押し付けるものでもない。自然に与えられるものである、という事がはっきりとわかりました。

 この作品が描かれたのは、80年代。冷戦末期の頃で、人類は世紀末思想と重なり、核戦争を本気で心配していた時期です。(ターミネーターやマッドマックスと、相通じるものがあります。)世紀を無事またぎ、核の脅威は多少和らいだものの、それに代わる環境問題が黒い雲となっているようです。

 そして、北斗の拳に出てくるような世界で支配している、独裁国家の存在。「力こそすべて!」で押し切ろうという数多の人々。(一般市民社会によく見られる、いじめ、パワハラ、殺人、強盗、詐欺、汚職、マネーゲーム、スポーツ界の礼儀知らずに実力偏重主義、マスコミの横暴、クレーマー、小姑の嫁いびり、、、)限りがありません。まったく事態は好転していないかのようです。

 作品の中は、勧善懲悪がきっちりしていて、わかり易いのですが、実際には善人を装っていて、実はワル、がいたりして、実に始末が悪い。ワルを全て駆除する事は可能なのでしょうか??

 「悪い奴は皆消えてしまえ!」が私のモットーであり、そういう意味では、読んでいて胸がスカッとするものがあるのですが、ただ残念なのは、ケンシロウが去った後、また強盗団が現れたりして、物事の本質的な解決には至っていないのでは?と思うのです。

 住民は恐怖に怯えるだけでなく、武器を持って立ち上がらなくては!つまり社会のシステムから変えていかなくてはならないのです。ここに出てくる正義側の闘士は、個人の実力は高くても、一匹狼タイプばかりで、それがいまいち。うまくまとめて蜂起させたり、戦いの仕方を伝授したり、があるとよかったのですが、、、。(その点、ワル側はまとまっていますよね。)

 そうしないと、社会全体がいい方向に変わらないでしょう。

 まあ、これは実社会でもいえることです。個人の能力に頼るのではなく、全体の士気をあげる。それが、勝利へとつながるのです。

 常に全体の事を考えるのが、優れたリーダーの条件といえるでしょう。

 と、はじめ「愛」について述べたのが、「社会」になってしまいました。(本題と)ずれてしまいましたが、それだけ色々と考えさせられる作品だったと思います。

 

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2008年1月22日 (火)

読書の冬

 凍てつく日がつづきます。北海道の旭川ではマイナス33度を記録したとか。

 ちょっと想像できません。暑いのも嫌だけど(去年夏の埼玉、岐阜の40度は勘弁!)逆もまた然り。もう限界温度を超えてますね。どうしてこう異常気象なんでしょう。

 旭川か、、、去年(4月)行ったな、、、なんて呑気な私でした。

 さて、こういう時こそ、家で読書にふけります。最近また歴史ものにはまり始めて、(原点に帰ったといえるのかも)戦国武将の伝記や三国志など、片端から読み漁っております。本屋で長時間の立ち読みもあり。

 図書館ばりの大書店、ジュンク堂で「毛利隆元」(元就の子)や井上靖著「風林火山」(昨年の大河ドラマの原本。武田信玄の軍師、山本勘助が主人公)を購入、読み進めております。井上靖、さすがに文豪!巧みな文章表現により、よく描かれております。私は高校の頃、井上文学にはまり、主に西域の「敦煌」や「楼蘭」などを読み耽っておりました。その壮大なスケールと、砂漠をはじめとした西のエキゾチックな魅力にとりつかれ、いつか行ってみたいな、なんて夢を抱きました。そんな想いに一本の筆で、させるのですから、井上靖はやはり天才というべきでしょう。

 この他、シリーズ創刊「日本の百人」の「毛利元就」や城の特集号、あるいは全国の線路を特集したシリーズものを購入。これらを読破したら、関東の英雄「北条氏康」、毛利家と戦った「山中鹿之助」、来年の大河ドラマの主人公「直江兼続」にその主君「上杉景勝」を是非読んでみたい。勿論、自身の研究対象である毛利輝元の「毛利輝元卿伝」は遅々としながらも読み進めてはおりますが、、。歴史漬けの毎日です。地元で郷土史家のセミナーか何かあれば参加しようかな、とも思っております。

 輝元、といえば、本屋で入手できなかった森本繁著「毛利親鷲子鷹孫鳶」が職場の方の尽力により、購入できました。感謝感激です!内容、感想についてはカテゴリ「毛利輝元」にて後日お伝えしようかと思いますが、いやはや諦めかけていたこの本が手に入ってよかった。これで把握する輝元関連の書籍で手元にないのが「まんが広島の歴史」だけになりました。いつか、手に入れる日がくるのかも。期待がもてます。

 そのジュンク堂にて、マンガ、横山光輝著「平家物語」上中下巻三冊も購入。下巻だけなぜかなく、注文しておりました。横山光輝といえば、そう「三国志」。全60巻すべて揃え、小学、中学の頃、読み耽りました。あの独特のタッチで、平安末期の源平の攻防を描いております。源平合戦も好きで、武将の名前もっと覚えなくては、と思います。この時代、一騎打ちが主体で、なんとなく三国志に近く、興味をひかれます。(作品中、藤原秀衡がちらとも出てこないのが私には残念)横山光輝はこの他、「織田信長」「豊臣秀吉」「徳川家康」「武田信玄」「伊達政宗」も描いており、私は既に揃えております。そんな中、「武田勝頼」があるのを発見!次はこれ(全3冊)を買うぞ!と思いました。

 歴史もの以外では、ミステリーの、綾辻行人シリーズ”館もの”を読んでみたい。最近「暗黒館」を発表したらしいです。館、密室殺人は、私の中で興味深々。「かまいたちの夜」ゲームも一応クリアした今、様々な作品に触れてみたいところです。

 と、あまりのんびりもしていられません。冬は運動不足から、太るんです。大掛かりな運動はともかく、少し歩こう、と思い、ぐるっと歩き回りました。

 健康維持の為とはいえ、運動って結構面倒でもあります。

 やはり読書の冬、としよう。

 

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2008年1月17日 (木)

吹雪とミステリーの世界

 密かにミステリー小説のファンでもあります。

 特にこのような雪の日、、。吹雪の山荘や絶海の孤島などの極限状態におかれた惨劇などは、、、読む方も衝撃的で、その世界にひきこまれます。

 そんな意味では、今ゲームしている「かまいたちの夜」シリーズは最高傑作だったといえるでしょう。90年代に第一作が登場し、たちまちブレイク。(当時でこの出来栄えはすごい!)続く続編、さらに番外編は、たちまち私を虜としました。

 今はあまり読んでいませんが、一昔前はこうした密室殺人もののミステリー小説は大好きで、よく書店に買い求めたものでした。冒頭、館(もしくは島)の地図があったりすると、それが条件で、わくわくしながら読み進めたものです。私に当然推理力などあるはずもなく、最後まで犯人も特定できず、わからないままなんですが、あの臨場感!がよくて読み漁ったものでした。

 今回のサウンドノベルゲーム「かまいたちの夜」も、結局、最後までわからなかったけど、(犯人は大体わかってしまいましたがトリックが、、)やはり、ひきこまれますね。実際こんな場面にいたら、大変!ご遠慮します!!ですが、それでも怖いものみたさというか、ミステリーの醍醐味というか、、。

 それはどうしてでしょう。なんといえば、逃げ場がない。追い込まれた怖さ。(吹雪で道が遮断。もしくは島で、時化により船がこない等、外部との遮断。連絡がつかない。)もう解決するしか、自分達が生き延びる術はない、、。この中に犯人はいる!疑いたくはないが、それは真実なのだから、、。と、いったところでしょうか。

 だから、名探偵が解決したり、警察が出てきて、大捜査したり、あるいは旅情サスペンスで、ダイヤのトリックを暴いたり(旅情ものは旅、に注目いったりして、別の意味で面白かったりする)するシリーズは、私の中ではどうも、物足りない。

 それは感情移入した主人公がそこ、にはいないから。もっといえば、危険性がないから。別の事として捉えることができるから。今、世上にぎわせている事件となんら変わりはないと思うからです。(どうせ、警察が解決してくれるさ、との事。)

 でも、よく考えてみましょう。秋田でも、最近殺人事件が起こりました。まだ、犯人は捕まっておりません。これで未解決事件はまた一つ増えました。警察の捜査力が落ちたのか、それを超えるほど難事件が増えたのか、、。全国レベルでは、もっと、です。異常ではありませんか??(ほんと、名探偵の登場を願うばかりです!)

 つまりは人殺しがその辺りを常にうろうろしている!という事なのです。何食わぬ顔をして。普通に生活できる世の中になった!という事でもあります。(捕まらないのだから、そういうことなのです。)

 ピストルを持った凶悪犯が、常に町にいて、我々を狙う事もあり得るのです。山に入って熊や蛇の心配するより、こっちの方がよっぽど怖くはありませんか!?普通に町で生活していて、それで被害に遭うんですから、、、。

 自分の身におきかえて考えてみましょう。つまりは狭い環境、外部と遮断された山荘だとか島だとか、だったら、犯人との同居は考えられない。排除しないことには、生き残れない。が、これが一般市民社会だったら、いいのでしょうか??危険はないのでしょうか?町は広いから?いざとなったら人はいっぱいいるから??

 いいえ。そんなことはない。危険は常にある、のです。事件があっても解決しない、とはそういう怖さでもあるんです。犯人は次の獲物を狙っているのです。なんと恐ろしい事か!これからは我々一般市民が生き残るか、殺人鬼が生き残るかの世界となるのでしょう。

 しかし、ワルはいつの世も強い。賢くもある。巧みに潜って、難を逃れている。、、さらにはこのワルを賞賛し、かっこいいと思う輩も出て、世論ともなっているから救い難い。

 こうした現状なら、いつになってもミステリーの世界は続くでありましょう。

 文句を言っても始まらない。それは、我々が選んだ道なのだから、、、。

 犯人は、すぐそこに、いる、、、と、、、、いうのに、、、。

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2007年12月17日 (月)

毛利輝元卿伝 ついに入手!

 「毛利輝元卿伝」(限定・復刻版)をとうとう入手しました!

 今日、版元のマツノ書店(山口県周南市徳山)から郵送にて届きました。ずしり、とした重みのある、事典のような書籍。それもそのはず、全700ページを超える、大作なのですから。内容も、濃く、輝元を研究するなら、まずこれ以上はないといえるような本ではないでしょうか。資料的価値は十二分にあります。

 それだけ、金額も張るんですけど、、。(これは致し方なし)銀行振込です。が、限定数量の、レア価値な本!そうは言ってはいられません。

 同封で書店についての冊子が入っておりました。この古書店、確か先頃、菊池寛賞を受賞したはず。書店経営者が受賞するのは珍しく、まあ、それだけ実績を残しているからなんですが、主に山口県を中心とした偉人の古書を復刻させ、その文化振興に敬意を表する、というところなのでしょう。

 先日、九州旅行の際、途中徳山に立ち寄り、訪ねてみたんですが、生憎時間遅く、シャッターが閉まっておりました。その時、この本を買う予定だったのですが、、。その店主の著作にもあるとおり、「六時閉店」だそうです。早めに店を閉めるのは、自分の時間をつくるため、とあるとおり、日々研究熱心で、並みの書店にはない、そんなパワーがあるように感じられます。

 私も負けずに、この本を基に、輝元研究、頑張ります!

 輝元卿伝の初版は1982年(昭和57年)との事。今回入手できたのは、8年くらい前に復刻したもの。先に地元秋田の書店にて取り寄せ可能か、と問い合わせたところ、限定復刻版なら数部在庫にある、との情報を引き寄せてくれて、希望の光が見えたものでした。

 その後、直販なので、書店を介しての注文はできない、との事から、ファックスで直接注文したのでした。早速、きた、というわけです。先に地ならしした為か??

 これで残り二冊の輝元関連の書籍も、明るい希望が見えてきたかもしれません。もう一つの書店は、結果待ちですが、、。なんとか、いい方向へ。

 この本についての記述は別の機会に触れようと思います。まずは入手しました!

 しかし、この人物についての本、あまりないものですね。だから、入手困難、手にした喜びは大きいのですが。、、、いつかうまくまとめたいものです。悲願達成へ。

 まずは資料を集めることから。

 

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2007年12月 7日 (金)

私の大航海時代

 ガソリン代が高い。遠出ができない。しかも路面凍結の冬日。、、大人しく読書をしていよう。「屍鬼」「島津義久」を並行して読んでいるが、なかなか進まない。読むのが遅いのだ。読書は実は苦手だったりする。

 大体並行して読む、なんて芸当、不器用な私にはやめた方がいいのかも。そう、不器用な人間は愚直に一つの事に取り組めばいいのだ。成功の秘訣はそこにある。

 そう考えた時、迷う。旅だ。九州の写真、アルバムにまとめた。この先、どのような旅を続けるのか、、。国内は(大雑把だが)大体終えた。次は海外に手をのばすのか。それともあくまでも国内の旅に費やすか、、。

 そうした時、駅前に先日オープンしたばかりの、ジュンク堂書店に足を運んだ。すごい蔵書数!まるで図書館だ。テーマはまちまち。いろいろな本がある。勿論鉄道関係も。競争相手は大勢いるのだ。(まあ、趣味で争っても仕方がないが)私も文士のはしくれとして、いつかはここで旗をあげてみたい!

 列車や線路、勿論駅を追い求めて専門的に書かれた本は多いが、それに付随して地域の歴史や文化を取り入れたものは少ないような気がした。やはり、私の方向性は間違っていなかったようだ。私は私独自のやり方でやろう!「駅文学」。この大成にむけて頑張ろうではないか。そう方向付けした。

 他と同じことをしては駄目なのだ。ちょっとした事でいい。少しでも変化を混ぜないと。その違いが個性であり、独自色なのである。決めた!私は流行を追いかけるミーハーではない。誰がなんといおうと、私の世界を築き上げる。、、それが私がこの世に生きた証。

 私の大航海時代は、正に正念場を迎えているのである。船出しよう。

 心酔する「毛利輝元」の本を追い求めている。ないものだ、、。だからレア価値。入手困難が逆に私の気持ちを奮い立たせる。彼を主人公とした小説(勿論、名君として描かれたもの)書き上げたいものだ。これも駅文学と合わせ、私のライフワークである。

 書店何店かで注文した。絶版本もあり、入手困難で断られたものもある。

 今、欲しい本は「毛利輝元卿伝」「毛利親鷹子鷲孫鳶」「漫画 広島の歴史下巻 毛利輝元」の三つ。本当にないものだ、、。なぜだろう??疑問に思うくらい。

 だから、いいんだが。レア価値。このうち、漫画の輝元は、この間の旅行の際、広島県吉田の資料館で発見。ただし売りものではなかった、、、。是非売ってくれ!と交渉すればよかったかも。

 毛利輝元卿伝、は山口県徳山の書店にある。ただ、時間遅くてシャッターが閉まっていた、、、。残念。大航海時代とはいえ、順風満帆ではない。時には時化も襲うのだ。

 書店に注文した結果が、気がかりだ。どきどきする。

 

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2007年10月30日 (火)

屍鬼 各地に残る因習

 激しい雨です。窓にたたきつける風と雨足。屋根から滴り落ちる雫の音。

 所用が多く、こなしているうちに夕暮れを迎えました。天気が悪いせいか、もうそういう季節なのか、一日の終わりは早いものです。うかうかしていられません。

 今日は日本シリーズもお休みで、中日の応援も一休みです。明日から大変そう。

 読むスピードが遅い為、なかなか進みませんが、手元にある小野不由美著「屍鬼」を読んでおりました。平成版の金田一シリーズ(の、ような雰囲気)?この現代社会でも在に行けば、まだまだ古くからの因習に囚われた、隔絶されたような村があると聞きますが、、。

 実際西の方に旅すると、竹林があったり、山と山に隔てられて、村が点在したり、と金田一シリーズを地でいくような地域に巡りあえたりします。(勝手な想像ですが)、そんなモデルとなるようなところに、「何か」があったら!怖いです。、、逆に好奇心そそられて、面白かったりもしますが。(だから旅がいいのかも)

 まだまだ進んでいなくて、、。一冊目です。何冊も続編であると、読破できるか、心配。私は読書家ではないんです。

 電化製品の説明書を読むのも億劫なんです。だから、買った新・デジカメの説明書、読む気になりません。基本操作さえ憶えたら、もう結構??こうして諸事面倒くさくなってきて、だんだん頭が退化していくんでしょうね。悲しいかな。

 旅だけはなぜ飽きずに続けてこれたんでしょう??他はすべて面倒になってきたのに。そこにはすぐにわかる、「感動」があるから?クレーム処理の本に憤慨するも何も、人間関係そのものが、面倒で、避けたくなってきたのかも。究極のところがそれかも。旅はだから現実逃避の一面もなくはないのかもしれません。

 「屍鬼」。ここには鬼が語られております。そう、この世の中、大なり少なり、鬼が住まうものなのです。先ほどの因習に満ちた村々も然り。一般社会も然り。私の胸の中にも確かにいるのです、わけのわからない、鬼が。

 これとうまく付き合う、あるいは戦う術を私は知りません。誰の中にもある、鬼。逃げでも何でもいいではないですか。私は自分の中の鬼を、うまく解放してやるつもりです。そうすることで、私と鬼は、共存しているわけです。

 ただ、外の鬼はどうしようもないのです、、、。強いし、怖い。私は、だから「36計逃げるに如かず」。笑っちゃあいけない。逃げは、最高の戦術なのです。

 高校時代に聴いた曲が、今も確かに私の耳に聞こえてきます。そうだ、この曲を聴きながら、私は歩いた。そして、旅をした。、、、、10年も経った。私は、少年の気持ちを忘れていない。、、、鬼は、少しも悪さをすることなんて、なかったじゃないか。

 私の中の鬼は、笑っているのか、怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。

 また、明日の道へ、歩きたいと思います。

 

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2007年10月26日 (金)

クレーマーにクレーム

 日本人は古来、「恥」を知る国民だと聞かされていた。

 が、今やその自信はない。むしろ、旅の恥はかきすて、とばかりに厚顔無恥なる行為、倣岸不遜なる言動がもてはやされる、新たな時代に入ろうとしている。

 それは昨今話題のスポーツ界における非道な振る舞い、隠ぺい工作、「柔道」が「ジュードー(英語)」に変わるような反則技オーケー、礼に始まり無礼に終わる世界基準の確立、といったものから、それらを助長し、儲かるときにはもちあげ、形成が悪くなれば、掌返す言論マスコミ界の「世論操作」とそれに振り回される哀れな国民、といった多岐に渡るケースがあり、どれをとっても深刻な事態と言わざるを得ない。

 それはまさに血液にのった癌細胞のように、体全体を蝕み、手の施しようのない事態に近づきつつある。

 元々がミーハー的な体質を持つ国民性だ。簡単に形成は変わるのだ。それは快方に向かうのもはやいだろうが、逆に悪化の一途をたどる場合もある。

 政治の世界でもワイドショーに近い。次々と起こるスキャンダル。あげつらい、こっぱ微塵にするマスコミ。それに乗り、たたく、たたく、国民。(別の世界でもそう)で、風向きが変われば、またよいしょ、よいしょ。一貫性がないのだ。この前の郵政選挙然り、年金選挙然り、その場の雰囲気、それだけ!

 上がこうなのだから、我々一般庶民などは、もっとひどい。わけのわからない事件の多いこと、、、。病んだ国に明日はないのだろうか、、、。

 「隣のクレーマー」、「クレーム処理が上手い人下手な人」を読んだ。と、いうより途中で投げ出してしまった。あまりに腹がたって。、、常軌を逸しているとしか、いいようがない。ここに描かれてあるのと、似たようなケースを私は何度か立ち会ったことがあるが、やはり釈然としないものがあるのだ。、、、普通は怒らないだろう、そんなことで、、、。一体何が言いたいんだ?何の目的??疑ってしまう。

 無理が通れば道理がひっこむ、といわれる。非常識がまかり通れば、常識とは何か?と問わずにはいられない。やはり最後は価値観とか、あくまでも個人レベルの領域に落ち着いてしまうのだろうか??それは悲しいことではないか??

 常識のある大人に、常識のある対応をし、常識の満ちた理解を得たい。私はそう考える。勿論、個々人にはそれぞれ物の見方、感じ方があり、違うだろう。それは否定しない。が、大枠の常識、それは「恥」であり、「礼」であると思うが、確かにあるとは思うのだが、どうなのだろう?ある人にとっては関係のない、許される、とかそういうものではないはずだ。

 だから、客とか従業員とか、上司とか部下とか、そういう「立場」で見る前に、一人の人間として、一度問い直す必要があるのではないだろうか??でないと、この世の正義の根幹を崩しかねない。自分の行動を省みよう。恥ずかしくないのか、って。

 そして、この世に問いかけたい。

 正義は存在するのか?

 正義は元々存在しなかったのか??

 正義は死んでしまったのか???

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2007年9月21日 (金)

クレーマーな人たち

 宮脇氏の鉄道紀行「日本探見二泊三日」を読み終わり、続けて「乗る旅、読む旅」を読み進めております。読書の秋にしたいものです。

 それとは別に、私は日頃、書店に寄る機会が多く、気になる本がけっこう出ておりました。

 その中に、「隣のクレーマー」(だったような?)という本があり、世の中の接客業従事者が一度は経験するお客からのクレーム処理のあれこれが書かれてありました。立ち読みですが、目を通しました。

 絶句。、、なんで、こんなクレーム、、、。確かに、要望がすべてかなえられれば、よりよいお店のサービスにはつながるとは思うのですが、、、。ここで紹介されているのは、そのようなレベルのものではなく、なぜ、ここまで、と思うくらいのケースが多々あり、、。

 中には、何かしらの”思惑”があって、わざとそのような騒ぎを起こす人の例もとりあげられてありました。、、ここまでくると、その精神を疑います。、、この本では、なぜこのようなクレームを行う人たち(いわゆるクレーマー)が生まれるのか、その社会的背景にも切り込んであります。

 まあ、世の中、声の大きい意見は通りますから、なんて悟ったような事を(実際そうだけど)言ってみても始まりません。職場の上司から借りた「クレーム処理のうまい人下手な人」という本では、そうした難癖のあるお客とどう向き合うか、という内容で、それは接客業のバイブルとはなりえるとは思いましたが。

 しかし最近、モラルハザード、の言葉が出るくらい、わけのわからない場面をよく目にします。(多くは公共心の欠如でしょう)なんなのでしょうか。どう処理するか、ということをここで論じるよりも、なぜそのような人たちが出てくるのか、というところに興味があります。

 日本人は我慢ができなくなったのでしょうか?それとも米国並みの訴訟社会に突入?市民社会が充実すると、個々の権利が声高に叫ばれるのでしょうか?日本の美徳だった、面映さや、謙譲、つつましさ、そういったのが、影を潜めているような気がしてなりません。それを助長するかのような、マスコミにも責任はあると思いますが。

 これからはますます、「個」を重視した社会となるでありましょう。人の迷惑を考えるより、自分の利益を考える、当たり前だろ、その方がお得だし!世の中万歳です。

 呆れてばかりはいられません。長崎市の例を見ても、凶悪な事件に発展する事もあり。何年にも渡って、クレーム(はっきりいって因縁)をつけて、ついには選挙運動中の市長を射殺するという事件があったではありませんか。言語道断!!長崎市民の民意によって選ばれた市長を凶弾に倒すなど、長崎市民30万に銃を発砲したと同然!市の職員の対応がまずかったとは思いません。クレーマーがあまりにも凶悪だった為だと思います。

 私は旅が好きで、いろいろな施設をまわり、また日頃、いろいろ飲食店をまわったりします。が、はっきりいって、クレームをたたきつけるほど、怒った経験はほとんどありません。、、むっとする事は多少ありますが。

 だから、小さな事で騒ぐ人の気が知れないのです。わからない。私が年をとったせいもあるでしょうが、細かいことで揉める人が嫌いなのです。器の小さい人なんだ、で終わればそれまででしょうが、相手にしたくない。が、多くの接客業従事者は、それでも仕事ですから、そういう人でも相手にしなければならないから、辛いところでしょう。

 私はこのような例を糧にし、もっと度量の広い人を目指そうと、そう思いました。

 

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2007年8月24日 (金)

駅文学への誘い

 あの猛暑がうそのような、涼しい日が続いております。こうしてみると、猛暑も懐かしいものです。(といって、その日に戻りたくはありませんが)首都圏は残暑厳しいとのこと。35度で涼しい、と言っているくらいだから、もうその感覚、ついていかれません。暑いの苦手!どうして多くの人は暑い土地に定住し、生きていかれるんだろう??温暖化の進む今後は絶対北国の時代です!!

 寒ければ着込めばいい、食べればいい、熱く語ればいい、と体温調節できますが、暑いのはどこへ行っても、何をしても、暑く、逃れようがないのです!!裸でも暑いです。汗、汗、汗。夜になってもとまらない。酷い日など、一日中、水風呂に浸かっていたいくらいでした。

 秋田の夏でこうなのですから、首都圏以西の40度!!想像を絶します。報じるテレビの画像を見ているだけで、熱気が伝わってきます。こんなかんかん照りに帽子も被らず(体温以上の温度を頭上から浴びていて、危ないのでは??)、男性は背広にネクタイをきっちり着込み、女性は白化粧に澄ました顔で、街を歩く様は、まさに完結無比な労働人の姿です。昔、子供の頃、そんな姿を見て、大人になったら、暑さを感じなくなるもんだ、と幼心に思ったものですが、大人とは「我慢」なんですね。我慢のできない、文句ばかり言う私は大人にはなれないのでしょう。

 我慢のできない私は、やはり40度の世界には住めません。北国に生まれてよかった、と思うのです。かつて首都圏の人は秋田や北国を皮肉ってか、「寒くて大変だね」などど言ったそうですが、今なら逆に言い返せるでしょう。「東京?(もしくは首都圏の県)暑くて大変だね」もっとも暑さに耐えられない、軟弱なる者が、北国に住まうのでしょうから、その辺を説教されるかもしれませんが。

 それはさておき、夏が終わろうとしております。もう外は秋の虫の声。北国の夏は短いのです。夏の疲れがどっと出たのか、臥せっておりました。懐かしい蚊取り線香と夏のにおい、、。夢枕に西馬音内の踊りが現れて。懐かしい県南の風景。そして、がばっと起きる。今日は何日、今、どこにいる??時間がとまったのか、進んだのか、わからなくなるのです。

 涼しくなれば、読書も進みます。宮脇俊三作、「日本探見二泊三日」を読み進めました。駅文学を志し、そのバイブルともなります。このような、旅して、書く。このスタイル、極めたい。まるで中世ヨーロッパの吟遊詩人みたいな生活に憧れます。、、現実には難しいのでしょうが。

 旅はまだ続くのです。私の旅は。まだまだ。夢をおいかけ、いつまでも少年であり続けたい。、、、私は40度には適さないのです。

 忙しさにかまけて、できなかった事。自宅の机にたまっております。ぼちぼち、片付けていきたいところです。

 

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2007年8月 2日 (木)

駅文学の確立

 「読書」の項を設けるほど、読書家ではないのですが、時間が多少ある時には、ぱらぱらとめくる程度に本を読んでおります。最近は仕事に追われ、あまり時間をとれないのが残念ですが、、。

 一番の愛読書といったら、やはり「地図」でしょう。まず、見ない日はないといえるかも。それくらい、親しんで読んでおります。地図の楽しさから旅好きが生じたのでしょう。次は人物事典かもしれません。

 市販書?はここのところあまり読んでおりません。時間がない!部屋が暑い!が理由。それでも最近は北方三国志、読破しましたが。読むスピードが遅い為、時間がかかる。

 でも、ぼちぼち読み始めております。本屋で注文していた宮脇俊三氏の作品、7冊中、入手できたのは1冊のみ、、、。他は絶版とのこと。、、残念というか、出版業界大変なんだな、と実感。ない本の入手はどうすれば??古本屋で探す?

 宮脇俊三氏は紀行作家。国鉄全線を完乗し、鉄道を中心とした紀行文を掲載。各地域の歴史や風土に造詣が深く、作品の何作かは持っていますが、いずれも読み飽きさせないものがあります。残念ながら、3年くらい前に亡くなりました。が、未だに根強い支持があると聞きます。

 私はこの方に深く影響を受けた一人であると自認しております。すなわち、氏は「線」を中心とした紀行文で、私は「点」、つまり駅を中心とした紀行文を書こうと思ったわけです。世に鉄道好き、駅巡りの特異な趣味を持つ者は少なからずおりますが、たいていはマニアックな「趣味」の領域を出ないような気がして、やはり宮脇氏が目指したような、この国の地方の風土、歴史にまで食い込んだ内容にしていきたい、と思った次第です。

 そのすべてを網羅し、満足のいく結果になるかは甚だ心もとないのですが、ここのところの原点を再確認し、続けていきたい。

 いうなれば、「駅文学」というところでしょうか。私にとっては確立した領域として、大成したいものです。、、、地方の良さを伝えることは、やがてこの国の良さを知ることでしょう。

 よく、こんなことがありました。「どこの出身?」「なんとか県」ここまではともかく、「なんとか県のどこ?」と踏み込むと、「言ってもわからないよ。田舎町で何もないし、、。」と言いよどむのが常。そこで聞いてから「その町なら知っているよ。なんとか川があり、なんとか山があり、、、」と、伝えると、相手の嬉しさというか、感動というか、その表情がまたよく、、。故郷が知られて、褒められると、嬉しいものですね。、、、やはり地方の色を鮮明に出していかなくては、と思うのです。

 だから、駅のみならず、その駅を中心とした地域をより深く、伝えていきたいと思ったわけです。、、、単なる物見遊山か何かだとしたら、こんなに私の人生の全てをかけようとは思わなかったでしょう。、、、私は、一人でも多くの人に、この感動と、この故郷の良さを伝えたいと思うわけです。

 、、、駅文学が成立するかどうかは微妙ですが、、、、できうる限り、頑張っていきたい。

 また、紀行本の他に、毛利輝元関連の書籍も注文したのですが、いずれも絶版につき、断念しました。、、、やはり、レア価値あり。、、、注目するだけの価値あり。「毛利 親鷲子鷹孫鳶」、「毛利輝元卿伝」の二冊です。こうなると、なんとしてでも入手したいのですが、、、。

 一部情報、「毛利輝元卿伝」は2万5千円!もするとか。、、、一体どんな内容なんだろう??あまり執筆する人がいないというのも、なんだか不思議。、、、だからレア価値なんですが。

 こちらも自分の領域にしようと、密かに野心を募らせております。

 

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